螢火

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「愛は父が我々に授けた貴重な贈り物」
「またそれかよ」と悪魔は呆れ顔をした。
天使は顔を合わせる度に悪魔に「お前には愛がない」と言う。悪魔は聞き飽きていた。
「俺が大事にするのは愛じゃなく美学だ。お前ら天使には美学がないから個性がない。それに俺にも愛はある。俺だって愛するものも愛したものもある。何も考えないというのは罪だぞ。」悪魔は言い返す。
「我々は我々の存在が偉大なる父によって生まれたと知っている。父の愛こそ真実であり、最も尊ぶべきものだ。考える必要などない。父が示された道こそ我々が進むべき正しい道だ。」
「お前たちは皆そう言うから、全員同じ顔に見えるんだ。お前は誰だ?偉大なるお父様も見分けがついていないんじゃないか?ファザコン共」
「でもお前は私を見分けるだろ?」
天使と悪魔は毎日顔を合わせては同じような調子で会話をする。互いに呼ばずともそこにいた。それが2人の日常だった。それが2人の何千、何万年の暇潰しだった。

退屈な昼下がり。どんよりした黒い雲の下、教会の十字架に並んで座って天使が尋ねる。
「お前は元は私たちの兄弟だったはずだ。何をした?」
「驚いたな。天使がそんなことを聞くとは。つまらない質問だ。俺たち悪魔は美学に従っている。お前たちの父が何を正義で何を間違いとしているかはどうでもいい。俺は自分が信じたことをやっただけ、やっているだけだ。お前たちは何もしていないから分からないんだ。何も考えないというのは、それこそ罪だな。」
「私たちは父の声を聞き、父の御心に従っている。何もしていないというのはどういうことだ?」
しばらくの沈黙のあと、悪魔は一言残して帰っていった。
「、、、、。俺は悪魔だ。お前、気をつけないと俺に堕とされるぞ。」
残された天使は考える。「私たちは私たちがやるべきことをやり、使命を果たしている。何もしていないとはどういうことだ?何をしていないと言うんだ?何を考えるべきだと言うのだ?」

次の日、天使が降りると悪魔は街に出ていた。
「何をしているんだ?」
悪魔は驚いた顔をして「お前、本当に俺が好きだなぁ。警告はしてやったぞ。」と答えた。
「街なんて珍しいじゃないか。」天使は悪魔の言葉を聞いていないようだ。珍しい果物なんかに目を奪われている。
「俺は人間が好きなんだよ。子どもが死にそうなんだと。祈ってるから助けに来てやったのよ。お前たちの父親は何も考えず、無視しかしないからな。」悪魔は答える。
「何もしないのは父の御心が決められたことだ。無意味な無視ではない。父の御心を無視するのは禁忌だ。また人間を誘惑しているのか。お前たちは契約をつければなんでもやる。だから父のお怒りに触れるのだ。人間も同じだ。父が何でも助けてくれると思っている。そんな弱い心だから悪魔なんかに魅入られるのだ。」
「違う!俺たちは美学に従っているのだ。お前たちが父親に従うように。お前たちは人間のことを無視するしか脳がないじゃないか。そうやってお前たちは何も考えずに『正しさ』を振りかざす!」
「お前たちは堕ちて以来好き放題だ。そろそろ父がお怒りになる。やめておけ。」
「俺は俺の美学に基づき考えて行動する。」
悪魔は天使をおいて姿を消した。

次の日天使が下に降りようとすると、兄弟たちが何やら噂をしている。
「数万年前に堕ちた、なんだっけな?名前は忘れたが、悪魔を今日兄弟が矢で貫いたらしい。父もきっと喜ばれるだろう。」
天使は兄弟に尋ねた。「その悪魔は何をしたんだ?」
「何をした?何を言っているんだ。悪魔など存在そのものが罪だろう。存在するだけで人間を誘惑し間違いを犯させる。」
「何も知らないのになぜそう言い切れるんだ?」
「おい、何を言っているんだ?私たちは父のお言葉に従うだけだ。」

天使は急いで街へ降りる。足元で声がする。
「お前、本当に俺が好きだなぁ。」
胸には兄弟の矢が刺さっている。数万年間存在していただけあって、1矢では消滅しなかったらしい。
「人間の子どもはどうしたんだ?助かったのか?」
「俺は人間が好きなんだ。俺は単純なやつが好きだ。だって俺たちの話を聞いてくれるだろ?俺たちは常に誘惑の言葉を吐いているから。でも俺にだって誘惑したくないものがある。同じようになってほしくはなかったやつがいる。でも性からは逃れられなかったようだ。ただ友でありたかっただけなのに。」
天使と悪魔は黒い雨で濡れていく。
悪魔だった物は雨に流されていく。
天使だった者の羽は雨に濡れて黒くなっていく。
雨粒が落ちる。
白い羽が堕ちる。


「何も考えていなかった。お前が言っていることが私には理解できなかったのだ。」












---------------------この罪からは
『逃れられない』

5/23/2024, 12:44:57 PM