【鏡】
橙色の瓦斯灯の光が、帝都の夜を鮮やかに照らしている。何度訪れても、夜の眩しさに目が慣れない。小さく溜息を吐きながら、私は迷うことなく西洋式の大劇場の中へと足を運んだ。
目当ての公演の切符を買い、ホールへと入っていく。明かりの落ちた座席へと着いてしまえば、周囲は皆これから始まる公演に胸を躍らせていて、小娘一人になんてこれっぽっちも注目していない。そっと手鏡を取り出した。
鏡に映るのは、私と全く同じ顔作りの存在。けれどその髪の色は白銀で、瞳の色は真紅だ。『化け物』として座敷牢へと閉じ込められた、私の双子の弟。私たちは鏡を通してつながっている。
決めていた合図の通りに、とんとんと指先で鏡面を叩く。私と君の指先が鏡越しに触れ合った刹那、私は真っ暗な座敷牢の中に端座していた。鏡の向こうでは、君が劇場の座席に座っている。あの暗さで帝都の街中なら、君の髪色も西洋の異人の血でも混ざっているのだろうとたいして気にもされないはずだ。
君が化け物なんかじゃないことは、片割れの私が一番よく知っている。少しくらい外の世界を見せてあげたいと願うのは当たり前だ。
君が鏡をしまわないものだから、演劇を見ている君の姿がよく見える。キラキラと輝く瞳で舞台を見つめる鏡越しの君の笑顔が、私の何よりの宝物だった。
8/18/2023, 10:52:07 PM