──【センチメンタル・ジャーニー】──
きっとまたいつか、僕はここに来る事になる。
汽笛の音に導かれるように、前の人達の波に乗って歩く。 歩きながら遠目に見える、どこまでも続くキラキラとした青い海を目に焼きつける。 無意識に目尻に熱い塩水が溜まって、頬を伝って、日に照らされたコンクリートにポトポトと落ちては、何事も無かったかのようにあっという間に姿形を消し去った。
親指で、交互に頬を伝う雫を拭っていると、ふいに耳元から『樹―いつきくんは泣き虫さんですねー、まったく』と聞こえてきてはっと振り向いた。
分かりきっていたけど、そこには誰もいない。 正確に言えば、僕に話しかける人はこの場に、この土地にいるわけが無かった。ふいに目が合った男性に眉をひそめられて「なにか?」と言われた為、慌てて両手を振って正面を向き直す。
こんな時、やらかした僕を見てあの人はお腹を抱えて、涙が出るほど笑ってからかって来るに違い無い。 そして、僕の背中を強く叩いて『ドンマイドンマイ』って言って……くれるのだろう。
あぁ……まったくもう。 本当に僕は泣き虫だよ。 それは、認める。 鼻水まで出してしまったら、もう、なんの言い訳も出来るわけがなかった。
唯一の救いは、ここが僕の生活圏から遠く、遠く離れた場所であることだ。 電車や船で数時間かけてたどり着く、賑やかだけど賑やかすぎない、そんな場所。
初めての土地を、涙で今のうちに濡らすだけ濡らしてしまう。 今の僕はだれがどう見ても、強い人には見えない。
べつに、もう来ないから情けない顔を見せる訳じゃないし、泣いているわけでもない。 言い訳だって言われても仕方のないことくらい自分でも分かっている。
だけど、それでも僕は、永遠の愛を誓った妻の死を受け入れる為に、あえてここで泣きたかった。
だから、泣きたいがためだけに、僕は初めて妻の産まれ育った地を訪れたのだ。
妻を知る人は、彼女と付き合ってた頃から”既にだれも居ない”事を知っていた。
だからわざわざ挨拶をする人もいないから、来る必要なんて無いだろう、と言われても否定のしようもない。 ただ、妻を失ったばかりの人間の奇行だとでもなんとでも言ってくれても構わない。
愛した人が産まれた土地で、亡くなった妻の事を想うだれかが、1人くらい、そんな涙を流してやりたかった。
そんな愚直な僕だからこそ、またここに来る事になるであろうことはもう分かっていた、決めていた。
そこでようやく僕は、「妻に選ばれたのは僕なんですよと」と、改めてこの場所で報告すると決めているのだから。
だから、今はまだ頬に新しい涙が次から次へと伝うのは仕方がない。
「もう少しで発車しますよー!」
駅員の通る声と同時に、 ”ぽーっ”ともう一度なった汽笛の音。 それが僕の背を押す妻の手が重なったのは気のせいではないと、思いたい。
【だって、一生に一度と言えた恋を失った、泣き虫な僕の心には君の手がどんな形でも必要なのだから】
9/15/2025, 12:51:00 PM