『鏡の少年』なんて陳腐な渾名が世に知れ渡った頃だ。
当人である青年は学生服に身を包み、鏡を見る自分をその目に映している。鏡を見ると不思議な気分になる。何もない僕を映して、僕がその真似をすると、自然と棒立ちで5分ほど佇んでしまう。
「準備できた?」
僕の希少性で稼いだお金で買った家は広い。デパコスブランドの名前は『映す』のに必要だから全部覚えた。
「できた! 行こっか」
『鏡の少年』…目の色素が極端に薄く涙の分泌量が多いため、目に映した景色が『鏡』のように瞳孔に反射することと、相手の行動や思考、話し方などをそっくり真似することをテレビで紹介され、そのときのキャッチコピーが『鏡の少年』であった。今は一般学生である。
「カガミ! カラオケいかね?」
「え、いくいく! 俺あれ歌うわ。ーーの」
「カガミくん、ちょ、ちょっと良いかな。ぶ部活の」
「あああっ、あれね、僕その、まだ出来てなくて自分でやっておくよ、ごめんね」
カガミカガミカガミ。鏡鏡、鏡。
「カガミ、また保健室か?」
「最近寝不足で」
「カガミ、ボウリング――」
「ごめん今日は予定が」
保健室のベッドで横たわる。
何してるんだろ。
寝不足? 予定? 鏡にキャラクターがつくのは望ましくない。キャラクターがつかないのがキャラクターなのだ。僕の母親はそう言って、僕に他人の真似を強いてきた。
どうも疲れる。
寝返りを打ったカーテンが少し開いていて中が見えた。女の子と目が合う。
「……かぜ?」
「え?」
「……きょうしついやだよね」
いっしょ、と拙く発音して微笑む。
真似をしないと。何を考えてるんだろう。共感できないと真似できない。
「めをとじてはなすといいよ」
僕のことを知ってる? どういうつもりで?
「かんがえないで」
彼女がそうしたので目を閉じた。
あ、ああ。
「おやすみ、ハヤシ君」
そういえば俺の名前はハヤシだった。
それを最後に意識が落ちた。人生で一番安らかな眠りだった。
【安らかな瞳】2024/03/14
3/14/2024, 1:36:08 PM