「ねぇ、次は櫛を買ってきてほしいの」
「我儘なお嬢様だな」
呆れた彼の横顔を見てくすくす笑う。
私は知ってる、頼まれれば彼は断われない。雇われ用心棒なんて、私の一言で首が飛んでしまうんだから。
病気で外に出掛けることができないから、買い物は人に頼まないといけなかった。ここ最近は彼がその係。本当は用心棒だけど、雑用係と言ってもいいくらい。
「アンティーク風の櫛がいいな」
「どんなだ」
「色は何でもいいんだけど、花柄で、宝石もついてた方がいいかしら。とにかく、私に似合うやつ買ってきて!」
無茶なことを言って彼を困らせるのが楽しかった。彼は私への当てつけか、大袈裟に溜め息を吐いて立ち上がる。羽織りを私の肩にかけて、部屋から出るなと釘を刺す。
「あ、待って」
部屋を出る彼を呼び留めようとして体勢を崩した。
「危なっかしいな、アンタ」
彼に抱き止められていた。
嬉しい。ただ、嬉しい。こんなことをしなければ触れ合えないなんて少し切ないけど。偶然に感謝した。
終わらせないで──この幸せな日々を。
ずっと続きますように……神様、お願い。
「あ……」
胸に突き立てられた短刀を見た。
流れ出る血、凄絶な痛み……私はどうしてこうなったのだろう?
彼は呆然と立ち尽くしていた。ねぇ、どうしてこんなことをしたの?もう何も聞こえない。桜の花びらが風で舞い散って綺麗だった。
彼は一瞬悲しそうな顔をして私を抱き締めた。
どうして──?
すごく痛いのに、悲しいのに。
彼に抱き締められているだけで、今この時を「終わらせないで」と思ってしまうの。
【終わらせないで】
11/28/2023, 11:33:44 AM