池上さゆり

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 過去に執着するのが嫌で、昔から日記を書くのは苦手だった。読み返すと、そのときの感情や情景が思い浮かべることができるのが嫌だった。過ぎ去った日々に思いを馳せる時間ほど、無駄でいらない時間だと感じていた。
 だから私は未来日記をつけることにした。
 この日までにこれを叶えたい。こうなりたい。こうしたい。自分への期待と未来への希望が詰まったその日記は生きる糧になった。
 私はそこに書いた未来が叶うように常に考えながら行動した。それは難しいことではあったが、同時に楽しくもあった。ひとつ、またひとつと未来が叶うたびに私はずっとその先にある幸せに辿り着けるのだと信じてやまなかった。
 だが、ある日突然それは終わった。
 痛みから目を覚まして、真っ白な空間の中で私は現状を理解しようとした。身体を起こしてみると、腕にはたくさんの管が繋がれていて、口元には酸素マスクのようなものがはめられていた。なにを思ったのか、私は酸素マスクを外してその場から逃げようとした。
 だけど、どれだけ頑張っても足が動かない。動かせない。どれだけ力を入れても感覚がなかった。不安になり、かけられた布団を捲るとちゃんと、両足は存在していた。だが、足首はだらんとしており、麻酔でもかかっているようだった。
 状況を理解できずに固まっていると、看護師が部屋を覗きにきた。そこで意識が覚醒したことに感動して、すぐに担当医が呼ばれた。そこでされた説明は、交通事故により骨折をして、それが原因で下半身不随になったということだった。
 絶望感しかなかった。ずっと先にあるはずの幸せな未来を見失って、今すぐにでも死にたかった。リハビリもサボってばかりで、私は自分の人生を諦めていた。
 そんなとき、見舞いに来た母が二冊のノートを持ってきた。一冊は新品のノートで、もう一冊は私が書いていた未来日記だった。泣きながら、まだ未来はあるよ。新しい未来をここに書こうと手渡された。
 叶えたい未来はもうなかった。それでも、これから生きていかなければならない。
 新しいノートの一ページ目に私は「生きる」とだけ書いた。その先はこれから考えていこうと思う。

3/9/2024, 5:08:31 PM