わたしはこの”記憶”を思い出す度に、”温もり”を感じずにはいられない。
この”記憶”がいつのことだったかは思い出せない。
この世界に生まれ落ちてから何年か経ったときだったか、それとも自分を構成する細胞が存在すらしていなかったときだったか、はたまた瞬きをする前の一瞬前のときだったか、わからない。
そもそも、この“記憶”に時間という概念は存在しないのかもしれない。
わたしは、暗くて広い空間を漂っていた。わたしの周りには誰もいなくて、そこにあるのはわたしと暗くて広い空間だけだった。
今のわたしがこのような状況に置かれたら、不安でたまらなくなって必死に誰かいないか叫ぶことだろう。
そのときのわたしは、不安な気持ちはなくて、ただ漂っていた。”不安“という概念すら存在していなかった。
漂っていたのが一瞬だったのか、数え切れないくらい永遠のような時間だったのかはわからない。気がついたら光り輝く”それ“がわたしの近くにあった。
”それ“は、暗くて広い空間のなかで、光り輝いていたが、不思議と目がくらむことはなくて、その空間のなかで異質なものとしては存在していなかった。
ずっと前から”それ“は存在していたような気もするし、実際にわたしが気がつかなかっただけでそうなのかもしれない。
気がつくと、わたしは”それ“の近くにいて、磁石の力が働いたみたいに、わたしは”それ”に近づいていった。わたしは”それ“に近づいていくことを受け入れており、自らも近づきたいという思いを持っていた。そして、”それ”に近づいているとき、わたしはずっと”毛布に包まったときの安心感”のような、”温もり”をこれまでより強く感じていた。
今のわたしは、”光“という言葉から、希望を連想するように、”光“が良い意味を持つものだということを理解している。
しかし、そのときは”光“という概念すらなかったため、今のように”光“が良い意味を持つものだということは知らなかったはずである。
今だったら暗くて広い空間にひとりぼっちになったとき、光をみつけると、そこに誰かがいて助けてくれるという希望を見出し、光に向かって必死に走ることだろう。
しかし、このときは、”不安“という概念すらなく、”光“が良い意味を持つものだということは、わたしの知識にはなかった。
では、なぜわたしは”それ“に近づいていくことを受け入れており、自らも近づきたいという思いを持っていたのか。それはわからない。
けれど、今のわたしの”意識の向こう側“に、その”こたえ“があるような気がする。
わたしは、最近、ある瞬間にふと、わたしの意識の窓から、”意識の向こう側“を覗いて、その“こたえ”を垣間見ることができた気がした。
わたしは”それ“に、”自分の感受性を育てるエネルギー“を感じたのではないか、と。
わたしは、自分の高すぎる感受性が、生きづらさを生んでしまっていると思っていた。
しかし、今は、自分の感受性を高めることが、自分のこころを温めて救い、これから出会う”だれか”とともに希望ある未来を切り開ける可能性を感じている。
今のわたしの状況は、わたしの“意識の向こう側”が計画的に引き寄せた状況なのではないか。自分を肯定するための言い訳をしているような気もするが、ほんとうにその計画の最中にわたしがいる気がするのだ。
毎日、ふと今の自分の状況に焦ったり、今の自分を否定したくなるときもあるが、その頻度や時間はだんだん少なく短くなってきた。
“自分の感受性を育てるエネルギー”にわたしは近づくことができた。
”光“が良い意味を持つものだということは、わたしの知識にはなかったときから、自らも近づきたい思いを持っていたほど、“自分の感受性を育てるエネルギー”は、わたしがわたしである前から、魂すら存在していたかわからないときから、近づきたい、ともに生きたいと、思っていた“大切なもの”であると思うのだ。
わたしは、この不安定な時代を生きる上で、この高い感受性は足枷になるのではないかという思いは残っているが、それでも、わたしはこの感受性を暴走しないようにコントロールしつつ、わたしがわたしとして“生きる目的”にしていきたい。
_________あの日の温もり________________________。
3/1/2025, 9:12:00 AM