冷えた指先を自らの息で温めようとするのだが、一瞬仄かに暖かさを感じたのみで、すぐに氷雪の如き冷たさに戻ってしまう。
少しの外出だからと無精し、手袋を嵌めるのを面倒臭がった己が恨めしい。
時間は既に深夜に近くなりつつある。
繁華街から少し離れた場所にあるこの住宅街では、このような時間帯に外を出歩こうなどという稀有な者は俺達を除いて居なかった。
俺は隣を歩く男に目線を移す。
男は分厚そうな黒いパーカーのフードを深く被り、前のマフポケットに両手を突っ込んで歩いていた。
只でさえ平均よりもかなりの大柄である。格好も相まって、普段よりも更に厳つく見える気がした。
「…寒いぜ全く」
男がそう呟くと、吐いた言葉と共に白い息が空へ吸い込まれるように消えてゆく。
何故かその様が妙に艶めいて感じ、俺は嗚呼、とだけ返すと、早まった鼓動を隠すように再び前を向いた。
宵闇に、二人の足音と微かな息遣いだけが静かに響く。
俺は歩きながら両手を擦り合わせた。
手がかじかんで痛みさえも感じる。
―――流石に辛くなってきた。
そう思った時である。
「―――おい」
不意に隣から声がかかったと思った瞬間、冷えた手が瞬時に柔らかな、優しい暖かさに包まれた。
「…っ!」
俺の手を包む大きな手は俺の右手を掴むと、先程までその手が入っていたマフポケットへと共に再び入っていく。
「お前、凄え手冷てえのな。ほら、こうしてりゃ暖かいだろ」
男はそう言ってニカッと笑った。
「…少々恥ずかしいのだが」
俺は熱くなってゆく顔を見せぬように、男から顔を背けながらわざと怒っているようにそう言った。
男はこちらを覗き込むように俺を見、今度は悪戯な笑みを浮かべると、そのまま俺の耳に口を近付ける。
「良いだろ?恋人同士なんだから」
耳まで熱くなるような感覚。思わず俺は空いている左手で己の顔を隠した。
男はその手をすかさず空いている手で掴み、顔から手を退かす。
「こら、隠すなよ。七星(ななせ)の綺麗な顔が見えなくなるだろ」
「……っ」
俺が何も言えずにいると、男は再び悪戯な顔で笑った。
「ったく、付き合ってもう三年くらい経つのに相変わらずだぜ」
「…煩い」
俺がそう言うと男は今度はカラカラと声を上げて笑った。
「まあ、七星の照れてる顔も本当好きなんだけどな。本当、もう同棲して半年経つのに毎日凄え楽しいぜ。他にも色んな顔とか姿が沢山見れるし……ほら、俺だけしか見れないあれの時のあんな顔とか……いてっ」
耐えられずに足で男の足を小突く。
男は更に笑った。
「お前、怒った顔も本当綺麗で可愛いのな」
「…莫迦」
澄んだ冬の空気が二人を包む。
冷えていた手はもう、暖かかった。
1/11/2025, 12:40:04 PM