歓声が地響きのように轟く。
一陣の熱風が、乾いた軽い砂を攫ってゆく。
目の前の蛇頭が、シュウウ…と煙のような唸りをあげた。周りに放された鼠頭の小人たちが、聞くに耐えない叫び声のような威嚇音を吐き捨て、こちらへ飛びかかってくる。
むき身の剣を振り抜き、鼠頭を振り飛ばす。
連戦で毀れた刃は、ゴッと鈍い音を立てて小人の体を宙に放り投げた。
ギッ…と呻いた奴らしかし、背中を叩きつけざまに起き上がり、まだしゃかしゃかとこちらへ向かってくる。
轟くような人の声が、こちらに降ってくる。
異様な熱狂と歓声に造られた蜃気楼の奥、蛇頭の背の向こうに、目隠しをされた彼女が見えた。
華奢な手足に巻き付いた鎖が重たそうに垂れている。
その瞳は見えなくとも、力なく体を脱力させた彼女の細身の体に、絶望と疲れが滲んでいた。
彼女の髪の毛たちが鎌首をもたげ、不安そうにうねっている。
奴らがこちらの間合いまで踏み込んでくる。
足を引いて飛び摩り、こちらにいち早く反応して、頭一つ抜けて歯をかち鳴らした鼠頭の鼻先に剣を突き立て、素早く引き抜いた。
奴の尖った鼻先が、パッと鮮やかに裂ける。
剣先から赤い液が滴って、点々と間合いを染める。
半刻ほどの沈黙を、ギャッという断末魔が引き裂いた。
つんのめった二番手の首に、刃を差し込み、振り抜く。
またも赤い汁が鮮やかに飛び、乾いた砂が湿る。
三番手以降の鼠頭は、砂を掻きながら、後ずさる。
うおおお!
轟音のような歓声が降る。
渦巻く大嵐のような熱狂は、人為的に造られたこの戦場を取り囲む外部の傍観者たちのもので。
戦争の中核である俺たちの間には、ある種の霧雨のような冷たい緊張感が張り詰めていた。
蛇頭が歓声に向かって牙を剥く。
鼠頭たちは、五月蝿そうに頭を振り、赤く充血した目を忙しなく走らせる。
ああ
俺は、剣を握りしめた爪の痛みを感じながら、肩に走る古傷の痛みを感じながら、蛇頭の奥の少女に思いを馳せずにはいられなかった。
彼女はどれだけ不安で心細いだろうか。
君はここじゃないどこかで、死ぬべき生物なのに。
怯みながらも掛けてきた鼠頭の体躯を切り捨てて、奥を見据える。
蛇頭が、縦に細い瞳を血走らせ、シュウウッと唸りをあげた。
…あれはダメだろう。せめて、彼女だけは。
彼女だけは、ここではないどこかに。
ここではないどこかへ。
鎧が初めて重たく感じる。
剣先を滑らせて、背後に縋り付く鼠頭を放り捨てる。
俺はコロッセオの猛者だ。もう数えるのも面倒なほど死線を勝ち抜いて、闘うことにかけては無敵の誰もが羨む男だ。
だが、ここから逃げるとなると、話は別だ。
果たして、上手くいくだろうか。
だが、上手くやらなくては。昨晩、檻の中で火に照らされた、彼女の瞳と長い睫毛を見て決めたのだ。
ここではないどこかへ、行く時だ。
叫び声はまだ止まない。
鼠頭の怯えの断末魔と、蛇頭の混乱した悲鳴と、観客の熱狂した歓声が混じり合って、のしかかる。
温度差で揺らぐ視界の奥。
彼女の隠された瞳が、真っ直ぐこちらを見据えている気がする。
俺は今までのどんな時よりも大きく、確信した一歩を踏み出した。
6/27/2024, 1:01:52 PM