『世界に一つだけ』
土曜日の午後。
私は壁に飾ってある一枚の絵を眺めながら、紅茶を飲む。
手元のグラスが夕日を反射して綺麗だった。
絵の中には、夜空を走る列車が描かれている。
銀河鉄道。
いつか彼が言っていたのを思い出した。
繊細なタッチと鮮やかな色使いは、彼の絵の魅力だ。
***
2年前の夏、この絵みたいな満天の星空の下、私は彼にプロポーズされた。
指輪の入ったケースを私の手に乗せて、恥ずかしそうに笑う彼。
私は、彼と結ばれることが信じられないほど、幸せだった。
彼は私の、最初で最後の運命のひとだった。
その数ヶ月後、彼は事故にあった。
即死だった。
私は目の前が真っ暗になった。
なんで。なんで彼なの。
やっと幸せになれたのに。
誰にも愛されたことのない私に愛を教えてくれた、唯一のひとだったのに。
私はまた空っぽになった。
そんな時、彼の遺品整理をするために、足を踏み入れたアトリエで見つけたのが、この絵だった。
アトリエに一枚だけ飾ってあったそれを
一目見てすぐ、目が釘付けになった。
きれい。
絵のあまりの美しさと、彼を失った悲しみで、初めて涙が溢れだした。
この絵だけは一生大切にすると決めた。
彼が遺した、世界に一つだけの絵なのだから。
***
いつの間にか、日が暮れていた。窓の外はもう真っ暗だ。
たくさんの星たちが、宝石のようにきらきらと輝いている。
空になったグラスを片付けて、カーテンを閉めようとした
そのとき
ガタンゴトン、と音を立てて、1本の列車が星の間を走り去った。
目を擦ってもう一度見ると、列車はもうなかった。
でも確かにこの目で見たのだ。
列車の窓の向こうで微笑む彼を。
9/10/2024, 9:19:58 AM