『海の底』
深い深い海の底。
そこは光が差さず、静寂だけが支配する世界。
探査艇の小さな窓の外でライトが照らし出したのは、見渡す限りの「本棚」だった。
潮の流れに揺れることもなく、無数の古書が整然と並んでいる。地上では絶滅した革表紙の背には、金箔で文字が刻まれていた。
「……誰がこんな所に」
操縦士が呟いた瞬間、一冊の本が勝手に開いた。
ページから溢れ出したのは、インクではなく、鮮やかな記憶の光。
かつて地上で語られていた恋の言葉、忘れ去られた歌の歌詞。
それらが泡となって窓を叩く。
ここはきっと。
地上から零れ落ちた大切なものを、海が密かに拾い集めて綴じ直した書庫なのだ。
窓越しに手を伸ばすと、ひと際古い一冊に『海底二万里』というタイトルが見えた。
1/20/2026, 10:20:28 AM