雪を待つ
【第0章 鬱の始まり】
『クリスマスは人を鬱にさせる』そんな言葉をどこかで聞いたことがある気がする。
しかし私はそんなクリスマスの半年前からデッキブラシを両手で持ち今鬱になっていた。
【第一章 時の待ち人】
"ミーン""ミーン""ミーン""ミーン"
「はぁ、あっつぅ」
私は動かしていたデッキブラシの手を止めて、額の汗を袖をまくっている腕で拭った。
「愛美のせいなんだから。働けぇー!」
佳奈はちょっと不満そうに、けどデッキブラシを持ったまま両手の拳を空に掲げて無邪気に言った。
「へいへい。」
それにしても不思議な感覚だ、水の入っていないプールの中にいるなんて、、、
「変なの」
「ん?なんか言った?」
不意に出た心の声が数メートル先で働いている佳奈に聞こえたらしい。
「なーんにも」
私は空を見上げた。
今となっては鬱々とする晴天だ。
再びプール底に目を向ける途中で校舎の大時計に目がいった、17時30分。
さて7時間程前まで遡ろう。
【第二章 終了の合図】
"キーンコーンカーンコーン""キーンコーンカーンコーン"
「はい試験終了、後ろから解答用紙だけ前に」
試験中に静かにほうきで教室の掃除をし終えてゆっくりしていたジャージ姿の先生、否私が所属するバレー部顧問が試験終了の合図をした。
その合図と同時にクラス中がざわめき出して、いつもの休み時間となった。
「ねぇ愛美!この後どう?」
周りの喧騒に紛れて隣の席の佳奈が話しかけてきた。
「んー何するの?」
今日は試験最終日、部活も何も無い久しぶりのオフ。
家でゆっくり過ごそうと思っていたが、、佳奈とだったら別にいいかと考えながら一応なんとなく聞いてみた。
「もうすぐさ、試合じゃん!?だから気合入れに一緒にパッーとい•つ•も•のファミレス行かない?」
試合、同じバレー部の佳奈からそう言われてもうすぐ試合があることを思い出した。
そして肯定の言葉を出そうとしたその時
「佳奈!試合も近いから今日は急遽だが練習する!他のバレー部にも伝えといてくれ!」
試験監督の仕事をあらかた終えてあとは解答用紙を持って帰るだけとなった試験監督兼バレー部顧問の先生が言った。
「ちょっと!なんで?!」
佳奈が驚愕の声と疑問の声を出した。
「じゃあそういうことだからよろしく!」
先生は軽くあしらうように言って去っていった。
「もぉ〜!」
佳奈は天を仰いで絶望を体現していた。
ちなみに私も同じ気持ちだ。
「あっお昼食べてからだから一旦家帰って14時体育館な!じゃっ」
先生は行ったと思いきやドアからひょっこり顔だけだして付け足していった。
「ぐぅ〜」
佳奈は何も言わずにドアの方を睨み続けていた。
【第三章 魔物】
私と佳奈は自然と別れて家へと一旦帰る流れとなった。
13時30分頃に2人の家の中間地点にある公園で再び待ち合わせることを約束して別れた。
「それにしても暑いなぁ」
5月末なのにもう夏空になった天を仰いでひとりごちる。
"アーイス"アイス"アーイス"ヒューヒュー"アーイス"アイス"高乳牛"
そんな機械的な歌声が聞こえてきた。
私は気付けば少し丘になっている大きい木の影の芝生に座り、アイスクリームを片手に持っていた。
「これは夏の魔物だ」
真っ当な女子中学生として毎月お小遣いだけでやりくりしている身からすれば189円のアイスクリームは少し痛い出費だった。
だが食欲には抗えない、人間のサガというものだろうかと考えながら私はスマホを取り出し時間を確認した。
11時14分。
時間に余裕はある。
最近試験続きで毎晩夜更かしをしていたせいなのかアイスクリームを食べてお腹が膨れたからなのか、もしくはこの気持ちのいい晴天の木陰のせいなのか睡魔が襲う。
【第四章 鬱の終わり】
17時30分。
案の定私は遅刻した。
ついでに待ち合わせしていた佳奈も道連れにして。
練習終了後プールの管理を任されているであろう顧問の先生に罰としてプール掃除をさせられていた。
「憂鬱だぁ~」
再びデッキブラシを動かしながらそう呟いていた。
「何が?」
今度はちゃんと聞こえていた私の呟きに佳奈は片手間に反応した。
「もうすぐでプールの授業が始まること」
「今じゃないんだ」
微笑みをこちらに向けながら佳奈は言う。
「大っ嫌いなプールの授業の手助けを自分がしてると思うと鬱になる」
鬱憤晴らしに唸りながらより一層強い力でプール底を擦る。
「いいじゃん!力入ってるぅ~」
佳奈は私の感情とは裏腹に言う。
「愛美はやっぱり冬のほうが好き?」
佳奈はすごく優しい、自分のせいで今しなくてもいい労働をしているのに不満を抱いていない。
これからも友達でいようと決意しながら私はこの物語の回答を口にする。
「うん、好き。早く雪降らないかなぁ〜」
2人で顔を合わせて笑い合った。
12/16/2024, 6:14:25 AM