『まだ続く物語』『勝ち負けなんて』『雨あがり』
「ううっ、この漫画、いい話だなあ」
俺は感動の余韻に浸りながら、持っていた漫画を脇に置く。
読んでいたエピソードが素晴らしく、思わず感動してしまった。
特に雨上がりの公園で、主人公とヒロインが結ばれるシーン。
敵同士だった二人が、何も言わず肩を寄せ合う場面は涙無しには語れない。
憎み戦っていたのに、勝ち負けなんてものを超えて愛を育む。
これ以上尊いものがあるのだろうか?
構図、タイミング、エモさ。
すべてが揃った最高の展開である。
きっと漫画史上に残る、最高の演出として後世に語り継がれることだろう……
そんな素晴らしいストーリーに、俺は気がついていたら泣いた。
人生で一番泣いたと思う。
いい歳した男が泣くなよと思われるかもしれないが、漫画を読むのは十年ぶりなのだから仕方がない。
久しぶりの漫画に、感情の洪水が止まらないのだ。
『十年漫画を読んでない』と言うと、『国外にでもいたのか?』と聞かれそうだが、残念ながら違う。
ぶっちゃげ国外だったらどれほどよかった事か……
国外でなければどこにいたかって?
それは異世界。
俺はこの数年間、異世界に勇者として召喚されていたのだ。
魔物が跋扈《ばっこ》し、魔王が世界を滅ぼそうと企むファンタジーな世界。
そこに俺は召喚され、当然の様に勇者として魔王討伐を命じられた。
文句は山ほどあったが、魔王を倒さなければ元の世界に戻れないと言われたので、仕方なく冒険に旅立った。
チートこそ貰ったたものの、旅は過酷だった。
魔物は強いし、途中から四天王とやらも出て来るし、人間同士の争いに巻き込まれたことも少なくない。
命の危機に晒されることも多く、総じて最悪の経験だった。
だからこそ、今ある幸せを噛みしめる。
現代日本、平和な世界。
魔王もおらず、俺をダシにして儲ける悪党もいない
なんて素晴らしいんだ。
「おっと、浸ってる場合じゃない。
次の漫画を読もう」
頭を振って切り替える。
もう冒険は終わったのだ。
のんびり過ごすに限る
次に読むのは先ほどの感動的な展開を見せた漫画の続巻である。
あの二人はどうなってしまうのか!
気になって仕方がない。
そう思いながら本を開こうとしたとき、ある考えが頭をよぎる
『あんなに綺麗に終わったのに、まだ続きあるの?』と……
別に文句があるわけじゃない。
一読者として、これからも彼らの物語を読めるというのは光栄なことである。
けれど続編があったばかりに、作品自体の評価を落とすことは、それなりに聞く話である。
『あの時あそこで終わっていれば』
オタクなら一度は経験する悲劇である。
ハッピーエンドの先にもまだ続く物語は、当事者はどう思っているのだろうか……
もちろん現実問題として、ずっと順風満帆はありえない。
この漫画の二人だって、運命のイタズラで破局してしまうかもしれない……
けれど本人たちの努力に関係ないところで、彼らの平穏が脅かされるのは絶対に違う。
もし自分がその立場だったら、きつと俺は暴れるだろう。
何が起こっても知ったことか!
巻き込む方が悪い。
ても、まあ、
「俺には関係のない話だ」
自分に続編は無い。
漫画の世界ではよくある話でも、現実ではあり得ない。
フィクションだからこそ許される展開で、現実には『評判良かったから続きます』なんて事はない。
俺を召喚した異世界も、魔王は倒され平和になった。
邪神の言い伝えがあったが、その邪神も紆余曲折あって倒している。
なので、あの世界は破滅の危機に陥ることはないだろう
少なくとも俺の生きている間は。
そう思っていた時だった。
突如、座布団の周りに魔法陣が浮かび上がる
「これは!」
数年前、異世界に飛ばされたときの魔法陣!
『逃げよう!』と思った時にはもう遅い。
あっという間に光に包まれ、気がつけば目の前に豪華な服を着た王様がいた。
一瞬、前に俺を呼んだ王様かと思ったが、知らない奴だった。
周囲の衛兵を見渡しても、見知った顔は居ない。
どうやら俺は、以前召喚された世界とは別の世界に召喚されたようだ。
俺はいったいなぜ呼ばれたのだろう……。
現実逃避するが、俺の事情などお構いなしに王様が厳かに話し始めた。
「おお、勇者よ、よくぞ来てくれた。
我らの世界は、魔王の脅威にさらされておる。
お主の活躍は、違う世界に住む我々も聞き及んでいる
どうかその力を貸してもらえんだろうか?」
予想通りの言葉に、俺は大きくため息をつく。
まさか他の世界からお呼びがかかるとは……
「俺にも続編があったのかぁ……」
全く予想が出来なかった。
この心の底から湧いてくる怒りは、どうしてくれよう?
ここで、目の前にいる王様にぶつけるか?
それとも原因を作った魔王に八つ当たりをすべきか?
どちらにせよ、
「やっぱ続編はクソだわ……」
こうして俺の物語は続まだまだ続くのだった。がり』
6/5/2025, 1:41:10 PM