しののめ

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 時刻は放課後、初夏。

 半袖のシャツを着た生徒が徐々に増えてくるこの時期。春と言うにはとうに桜は散ってしまったし、夏と言うにはまだ寒い、そんな季節。

 文芸部、という名目で使わせて貰っている理科室の四人がけの机の上に頬杖をつきながら、僕は横目で目前に映る窓の景色を眺めていた。窓は半開きの為、外にいる人たちの声が朧げに聞こえる。

 帰りながらの談笑
 運動部の走り込みの掛け声
 先生が生徒に注意している声

 僕はここでこの声たちを聞くのが好きだ。少し世界が隔てられように感じるから。自分も混ざろうと思えば混ざれる、そんなあやふやな境界線の狭間にいる気分になる。

 「よっお前、今日もボッチか」

 後ろから声がしたので振り返る。同じクラスの幼馴染がそこにいた。

 今、折角色々浸ろうと思っていたのに。

 幼馴染は幼稚園時代からの縁で、高校生の今も縁が続いている。家も隣同士なので、頻繁にお互いの行き来もあるものだから、半分兄弟のような感じだ。ボッチとは失礼な、と僕はずかずかと無遠慮に隣へ腰掛ける幼馴染の方を見る。

 「僕の部活は基本出たい人が出ればいいってスタンスだからいいんだよ。部誌の〆切までに作品を提出してくれれば、それでいいんだから」
 「へーそうなん」
 「そういう君こそ部活は?今日はバスケの練習日じゃなかったっけ」
 「んー自主的に休み?みたいな」
 「サボりか」
 「そうとも言うな」
 「そうとしか言わないでしょ…」

 僕は思わず溜息を漏らした。幼馴染は僕とは違い、運動が得意ではあるものの、マイペースでもあり、時折サボってこちらに来る癖がある。つい先日もバスケ部の先輩に怒られたばかりだというのに、全然懲りてないらしい。いーじゃん別に、と幼馴染は机に両足を乗せながら両腕を頭の後ろへとやる。行儀が悪過ぎる。

 「うちの部活、そんな強豪じゃないんだし。俺としては楽しく試合が出来りゃいいのにさ、部員の殆どが無駄に意識高いヤツばっかなんだよな」
 「そうだとしても無断で休むのは駄目でしょ」
 「無断じゃねーって、さっきすれ違った後輩に伝えておいたし」
 「それは伝えたとは言えなくない…?」

 再度の溜息。後輩君が可哀想だ、こんな先輩を持ってしまって。

 そーいえばさぁ、と幼馴染はマスカット味の紙パック紅茶にささっているストローを咥えながら、僕の前に置かれているルーズリーフをみる。

 「文化祭に出す部誌の作品は決まったのか」
 「……それが、この通りで」
 
 原稿用紙代わりに使っているルーズリーフは未だ白紙だ。さっきまで1人だった時に聞いていた外の声からネタを拾おうとした、とか言うと弄られるのは目に見えているから言わないけど。まぁ、そんなことだと思って、と幼馴染はニヤリ、と不敵な笑みを浮かべる。嫌な予感しかしない。

 「…一つネタを持って来たんだが聞きたくねぇか?」
 「嫌だ断る。どうせこの前みたいな厄介ごとなんでしょ」

 予感は的中した。この幼馴染、ありとあらゆることに首を突っ込む為、一部の先生からは「問題児」として有名なのである。最も、本人は探偵気取りなんだろうけれども。退学になってないのが不思議だ。そして何より、その「問題児」に僕もしっかり含まれてしまっているのも全く解せない話であった。そんな冷たいこと言うなって〜俺とお前の仲でしょうよ?と、拒否の返事なんて全然聞いてない様子で、バンバンと僕の肩を叩く。

 「悪い話じゃねーって。これは慈善活動の一環だっつーの」
 「そう言って碌な話だったことなかったよ」
 「んなこと言って前の事件だってちゃっかり原稿のネタにしてたじゃん。お前」
 「う」

 幼馴染の言う通り、前回の部誌のネタにさせていただいたのは事実です、はい。

 何だかんだで僕も刺激や好奇心に勝てないのも事実だった。

 なら決まりな、と幼馴染は早速、話を進める。



 放課後の理科室は、時折何かが起きる着火点になる。

 これはとある探偵紛いの二人の…【日常】

 

6/22/2024, 1:30:31 PM