かたいなか

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「絶対エモネタ書かせるお題、8月以来だな……」
日常ネタ風の連載形式を続けてきた某所在住物書きは、天井を見上げ、長く深いため息を吐いた。
前回の8月は「君の奏でる音楽」だった。
今回は命を火、炎、灯とし、燃やし尽くすらしい。
例として「今の社会は一部、あるいは大半で、雇い主が、労働者の命を使い捨てろうそくの如く使い潰してるんだぜ」と、世の不条理を嘆くことは可能だが、
それはそれで、筆が乗らぬ気分であった。

「じゃあ何書くって?」
物書きは再度、今度は羞恥とともに息を吐く。
「先月の『君の奏でる音楽』同様、バチクソ不得意なエモとファンタジーに極振りすんのよ」
前回それをした8月13日投稿分は、未だに自分で読み返すことができぬ。エモが酷く不得意なのだ。

――――――

薄暗闇の室内。外に向けられた窓は無く、中央にひとり、黒い制服の男が倒れ伏し、
は は と弱々しく、浅い呼吸を繰り返している。
力無く動かぬ指の、約30センチ先には、闇によって色の判別がつかない手提げランタンがひとつ。
ゆらり、ゆらり。ゆらり、ゆらり。
灯火を内包し、周囲を僅かだけ照らしている。

「世界線管理局収蔵、癒やしのランタン:レプリカ」
その室内に、嬉々とした嗜虐を投じる者がある。
「便利な拷問器具だよな。ぇえ?半径1メートル以内の生物から、命を吸い上げて、それを燃料に灯火を燃やすってのは?」

放置しとけばそれこそ、命が「燃え尽きる」まで。
毒も薬も残らねぇから完全犯罪が可能ってワケだ。
嘲笑と嗜虐の主は唇の両端を吊り上げる。
先月まで同僚であった筈の男が、明確に衰弱していくのを、離れた場所から見下ろすのは最大の優越。
「これはそんな道具じゃない」
息絶えだえの男が反論した。

正式名称「癒魂灯:レプリカ」。
どの世界線から流れ着いたとも、誰の手による品とも知れぬオリジナルを、それでも何処ぞの何者かが己の手で再現しようとした「まがい物」。
揺れる灯火は本来、ストレスや病によって生じた「心の傷」、魂の表層の炎症や膿だけ吸い上げるための、名前通り、癒やしの器具。
表層どころか深層の奥底まで燃やし尽くす使用法は完全に想定外であった。

「コレが最後だ、ツバメ。いい加減質問に答えろ」
カキリ。小首を鳴らし、しゃがみ込んで問う嗜虐を、
「ツバメ」と呼ばれた男が、精一杯、睨みつける。
「テメェの上司、ルリビタキ部長は今どこにいる。どこで何をしている?」

「……ご本人に聞け」
部長なら今、管理局を裏切ったお前と、お前を引っこ抜いた連中を叩きに、ココへ向かってる最中さ。
遠のく意識を懸命に繋ぎ止め、ツバメは笑った。

…………………………

「――なるほどね。たしかにこれは、難しい……」
都内某所、某アパート。 かつて物書き乙女であった社会人が、某ポイポイ創作物投稿サービスに投稿された物語を、スマホで楽しんでいる。

乙女が読むのは「書きかけ」のタグが付けられ、キャプションで「兎→燕→瑠璃鶲は確実だけど、兎×燕なのか瑠璃×燕なのかと聞かれると難しい書き散らし」と弁明されている二次創作。
投稿作を先に読んだ別の同志からは、某呟きックスアプリにて、「曲解して兎×瑠璃の可能性が微粒子」と感想を投稿されていた。

上記にて最初に倒れていたのが燕(ツバメ)、
後から出てきたのが兎(ウサギ)、
最後名前だけの登場が瑠璃鶲(ルリビタキ)である。
すなわち過去作8月13日投稿分の、まさかまさかの第2弾だが、詳細は割愛する。
要するにこの乙女の心の滋養であり、妙薬である。
「……続き、はよ、はよ……」

ぽん、ぽん、ぽん。
投稿者に感想のスタンプを連打する物書き乙女。
完結編への渇望と、結末予測の衝動をそのままに、書きかけ作品の2周目、3周目、4周目を続ける。
推しに参拝し、推し登場作品を巡礼し、尊みで乙女の命が燃え尽きるまで。

9/15/2024, 3:00:27 AM