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お題:I LOVE…

愛とは何だろう?
それは、無条件に誰かを好きだと思えることである
たとえ、欠点があったとしても、構いなどしない

愛情深い家庭に育った
衣食住に不自由することもなく
体を壊せば心配された
勿論問題を起こせば叱られたが
私はとことん親に甘えていた
幼い頃からずっとそうだ
注がれる愛情を余すことなく享受していた

けれども苛立っているときは違う
誰よりも親しく心許せる人間なのだから
当然だが、当たられることもある
しかし、これも教育の一環に違いない
私を思ってなのだ
親は絶対的に正しいのだから
親の言動は、全てが愛情からくる物なのだから

歯車が狂ったのは、ある日の、親の一言だった
「昔、八つ当たりしてしまってごめんね」
信じていた何かが
ガラガラと音を立てて崩れ落ちていく
すべてしつけだ、教育なのだ
親は絶対的な正義なのだ
それがそうでないとしたから?

機嫌が良ければ可愛がる
機嫌が優れなければ、当たり散らす
子どもなど、所詮ペットか道具ではないか!

「うん、気にしてないよ」
確かにそういった気はする
どんな表情を浮かべていたのかは、覚えていない
愛情に対して、認めがたい疑念が
押さえ込んでいた疑念が、溢れ出した瞬間だった


私は、どこまでも従順な子どもだった
親の言う事には基本的に従ってきた
よく笑う、穏やかな子だったと思う
親にとって、扱いやすい、都合のいい子であった
成長していくにつれて
いつの間にか、やれ天然だ、マイペースだなどとは
言われなくなっていた

何の疑いもなく注がれる愛情が怖かった
愛情なんていつ消えるかも分からない不安定なものだ
そんな曖昧で、不確定なものを、何故盲信的に信じていられるのだろう?
心の片隅に疑念を抱いていた
その疑念は、むくむくと膨らんでいった

子どもは、親の足を引っ張ることしかできない
せめて損得勘定という強固な地盤があれば
些か不安は和らいだのだろうか


愛情を注がれる人は、どんな人なのだろう?
私はこう結論付けた
利益をもたらす人間
もしくは、望ましい人物像の人間だ、と

残念ながら私に特別秀でた能力はない
損得勘定に訴えかける術がないのだ
ならば、両親や周囲の人間が好む人物像を作り上げる
それしか、愛される方法はない
幸いにも、両親の好む人物像は熟知している
こちらの方が成功率は高いだろう

親の好む人物像であり続ける事
自分を殺し続ける事
それを選んだのだ

しかし、ひとつ疑問が残る
何故ここまでして私は愛されたいのだろう?
あれほど無償の愛情に恐怖していたというのに

両親や友人の喜ぶ顔が好きだった
どこまでも愚直に、人の幸せを願っていた
笑顔を見た瞬間の
愛情を向けられた瞬間の
こころに火が灯る感覚が、好きだった

同時に、怖かった
注がれていた愛情を、享受できなくなることが
きっと私は、1人になるのが怖いのだ
愛情が、憎悪に変わる瞬間が怖いのだ
あの暖かな心地を与えられず
温度のない空虚な心に呑まれることに恐怖している

私はいつの間にやら
どうしようもないほど家族や友人を愛していて
同時に、彼らに恐怖していたのだ

1/29/2024, 1:07:05 PM