『祈りの果て』
鳴り響くアラームを止めて、体を起こす。
ベッドボードに置いている眼鏡をかけて、ぼんやりとした視界をクリアにした。
さすがに寒いな。
脱ぎ捨てたままだった服に手を伸ばしたときだった。
「ご、ごめんっ……」
「……え?」
起きて早々、彼女が泣きそうな表情でベッドで横たわりながら懺悔する。
彼女から謝られる理由など見当もつかず、項垂れる頭部を撫でまわした。
「どうしたんです?」
「れーじくんを傷モノにしちゃった」
言い方。
朝から感情が慌ただしい彼女の頬に軽くキスをする。
「それは……、責任とって結婚してもらわないとですね?」
「……もうしてる」
「確かに」
フッと息をこぼしたせいで茶化されたと勘違いした彼女が、ぷくぷくと不満をほっぺたに詰めはじめた。
「だから、どうしたら許してくれる?」
「許すもなにも、そもそもなんの話ですか?」
ゆっくりと起き上がって俺の腕を絡める。
「背中……」
絡めた腕に力いっぱい縋りついて、長い睫毛を悲しげに揺らした。
「れーじくんの肌、また傷つけちゃった」
「あぁ、そんなことか」
「そんなことって」
背中の傷をダイレクトに視界に入れてしまったのか、彼女はしょんもりとしている。
「だって、痛いでしょ? ……ずっと気をつけてたのに」
気にしなくていいって言ってるのに。
結婚して3年。
俺の背中に初めて傷をつけて以降、彼女は苦手なヤスリで爪を手入れするようになった。
乾燥にも気をつけてハンドケアも入念になる。
それにもかかわらず、時々、今回のように俺の背中に傷を残した。
「かわいいですね?」
ちゅむ、と彼女の下唇を食んだ。
このまま昨夜の熱を引き起こし、爛れた朝を過ごすのも悪くはない。
だが、あいにくと今日は平日だ。
俺も彼女も仕事である。
「ん、ちょっ……」
本当にかわいい。
何年、一緒に過ごしてきたと思っているのか。
時間をかけてじっくりと、彼女の触れ方を覚えてきたのだ。
傷を残すように仕向けたと暴露したら、彼女はどんな反応をするだろう。
まだしばらくはいじらしい彼女の反応を楽しんでいたいから、気づかないでほしいと願った。
「では」
彼女の寝巻きのボタンをひとつ、またひとつとはずしていく。
首筋から皮膚の薄い鎖骨が覗き、唇を這わせた。
品のない水音を立てながら、その白くて滑らかな肌に赤い痕をひとつ咲かす。
「これでおあいこってことにしてあげます」
「……ぁ、っ」
赤く咲いた独占欲の証を指で突けば、彼女の頬まで紅潮した。
「顔、赤いですけど大丈夫ですか?」
「だっ!? 誰のせいだとっ!」
きつく睨みつけるが、その訴えに今さら悪びれることはしない。
「俺ですね」
「〜〜〜〜〜〜っ!!!」
声にならない声をあげて、彼女はバフバフと手近の枕で攻撃してきた。
「あ、ちょっと。枕は埃が舞うからやめてください」
彼女からの照れが激しくなる前に、俺はそそくさとベッドから逃げ出す。
脱ぎ散らかしたシャツを着たとき、不器用に彼女が懇願した。
「爪痕は見られないようにしてほしい、です」
「当然です」
彼女じゃあるまいし、人前で洋服を脱ぎ着する機会はなかった。
しかし、彼女のためにも今日は厚手のインナーシャツを着ることに決める。
小さな頭を撫でたあと、朝食の準備を始めるために寝室を出るのだった。
11/14/2025, 12:03:29 AM