時間よ止まれ。
心のなかで念じたら、本当に時が止まってしまった。
えっ、ウソ、あれっ。
内気な小学生は保健室の中で慌てている。
自分以外の人間は皆、音が溶けるのを待つ指揮者のように静止してしまった。
体重計に乗ろうと片足立ちになっている生徒。
身長計の棒を下ろしている最中の、看護師と生徒の対話。集団行動の静寂になっていない静寂。
体重を測り終わって友達の輪に合流し談笑している集団。口を開けたままニヤつく同級生。
戸惑いつつも、強制静止の食らった保健室の隙間を縫い、廊下に出る。やはり時は止まっている。
次のクラスの見ず知らずの人たちが、列をなしている。林立する彫刻の森のように。
無造作に並べられ、視線があちこちに飛んだままになっている。
保健室に戻り、ドアを閉めた。
彼女はくくっと声を出し、そして笑った。
とても気分が良かった。
自分以外のみんなが止まってしまった。
面白い、面白い、わっと笑う。
学校でこんなに笑うのは、初めてかもしれない。
ざっと記憶を見積もっても、少なくとも3年は経っているだろう。
嫌な奴、嫌な奴、嫌な奴。
私をいじめた。見捨てた。見て見ぬふりのクラスメイト。先生。教頭。校長。
保健室に逃げ込み、保健室登校をしようとしたのに、慰めるどころか上から目線で説教をした保健室の先生。親指のような器の小さい親。
彼女が好きなのは勉強くらい。黒板くらいだった。
でも、この日は不運なことに、大好きな算数の授業を潰して、健康診断をしている最中である。
小学生は目が悪くて、壁にかけられたランドルト環がぼやけて上下左右がわからなかった。
わからなくてわからなくて仕方がなかった。
目を凝らしても見えない。
そんな精神でいられない。
こんなの、見えたって意味がない。
そろそろメガネを作らなければ、という現実を殺したかったから念じた。そしたら止まった。
夢を見ているかもしれない。それでもいい。
色のない世界に生きていたんだから、時が止まったっていいじゃない。ねぇ、そうでしょ?
近くの彫刻に足を運んだ。
特に見覚えのない命だった。
手のひらを伸ばし、指が触れた。
硬い。それはそう。
彫刻の顔、耳、エラの部分、下顎、そして首。
首に手をやる。
リボンを結ぶときのように。
将来のための新婚ごっこをするように。
ネクタイを結ぶように。
両手を添えた。
そして、一気に力を込めた。
握力計を両手でズルをするように……
……破片が散らばっている。
うわばきを履いているのに足元が痛い。痛いという感覚が罰として下った。身体を貫いてくる。
でも、いいや。
投げ飛ばすように赤いうわばきと赤いソックスを脱いだ。裸足のまま歩く。
それから1000年くらい、彼女は神さまのせいにした。
こうなったのは神さまのせい。
一人って、こんなにも楽しいんだ――と、まだ一人で笑っている。彫刻の首を縊(くび)り殺して回っている。
9/20/2024, 9:56:51 AM