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 元気かな。
 春になると猫の子が産まれる。

 猫の赤ちゃんは、毎年産まれる。
 猫は、地域でかわいがられている猫で、でも去勢手術はしていないし、だれが餌をやっているのかもわからない。
 わざわざ口にはしないけど、でも、なんとなくわかるところがある。どこそこの家が餌をやっているとか、田舎だから、みんなほんの少しずつうちの子だと思っているし、みんなほんの少しずつ、うちの子だけど、と思いながら、他所が面倒見てるし、と思って、見放している。


 猫は毎年死ぬ。
 産まれて間もなく、車を避けきれないのが、毎年いる。
 猫は、野良だし、名前も家によって違うし、田舎だから、だれも気にしないみたいで、坂の上のおばあちゃんが、可哀想にねといって、話してくれた。
 飼っていた猫のこと、犬のこと、お母さんからは、メダカのこと、トンビのことも聞く。
 トンビは、野良猫に餌をやるときを狙って、やってくる。勝手に餌をとっていくので、飼っていたとはちょっと違うけど。うちには家族がたくさんいた。猫は、野良のときもペットのときもあったけど、つねにいた。


 引っ越してからも、焦げ茶色の猫を飼っていた。
 お母さんは、変な人で、猫派と犬派、どっちなの? とわかりきっているかに思われることを聞くと、犬派かな、とかいった。
 代々、猫を飼って、わかりきっていると思っていたのに、ありえない人だなと思った。衝撃的で、お父さんにも告げ口すると、お父さんも、あれだけ飼ってるのに! といっていた。お父さんはお母さんのありえない話が好きだ。新居で猫を飼いたい、といいはじめたのは、お母さんだった。


 また次に、猫派と犬派、どっち? と聞くと、これまたおかしいことに、猫派だといっていた。前の質問から二、三ヶ月経ったかどうかのときだった。
 前は犬派だったけど、猫派になったのよ、とかいって、前もこの質問したんだよというと、覚えてるよといわれた。覚えているのに、またまた、わかんない人である。「だから前、犬派っていったでしょ」とか「今は猫派。猫ちゃんがいるもんねえ〜」とか続けてしゃべっている。
 私は猫派である。猫は絶対で、すばらしい存在だから。


 春になると、猫の子が産まれる季節だと思う。
 今住んでいるあたりは少なく、子猫の死体も見たことがない。
 それでも、数週間前から白い猫が現れるようになった。


 昼間に見かけたときは白猫に見えたが、夜、窓から見ると、白に茶色のぶちだった。夜にやってくるので、夜に挨拶している。
 雌猫である。
 猫が鳴くと、うちの猫が反応して、廊下を駆け回ったりしている。ほかには、耳を立て髭をぴくぴくしている。または無視している。猫はふしぎで、大騒ぎしているときとあれば、私のとなりで寝ているときもあり、なんだかまばらだった。雄で、去勢手術済みである。


 私は、表の猫に、可哀想にね、と声をかけている。
 うちの猫がぬぼーっと寝ていたりするので、私のほうが窓に駆け寄って、窓越しに挨拶をしていたりする。
 白い毛並みなのでそれなりに暗闇でも見える。鳴き声は、本当に切なそうで、本当に可哀想である。可哀想と思っている。猫のことはよくわからない。猫自身は可哀想と思っているのか。車道に出てしゃがれた子猫は、産まれてくるべきだったのか? 可哀想なんていっていいのか。いっているとき、私はあの、坂の上のおばあちゃんになる。気持ちが、まばらに外に出たがる雄猫を閉じ込めて外の猫には窓ガラスに額をくっつけ、哀れんで声をかけているとき、私は老いている。人間は愚か。猫に比べて。とくに老人。
 でも同時に子どもに戻っている。鳴いているのがなんかおもしろいから。


 お父さんは夜勤で、暗闇の中、猫と戦っている。うちの猫は、玄関の引き戸を、器用に開けて脱走することがあり、静かに入りたいお父さんと、隙を見て出ていきたい猫で攻防が起きている。
 あるとき、外であの雌猫の声がして、お父さんが、まさかうちの猫が脱走したのかと、外に出ていったことがあった。当然外にはなにもいない。雌猫は逃げていた。雄猫は家にいる。玄関に鍵はかかっていたし、お父さんは首をひねりながら、のそのそと家に入ってくる。私は午前四時半、布団の中で、耳をそばだてている。お父さんが部屋に入って、おっ、と声を上げた。
 多分、うちの猫は、お父さんの部屋に元々いたんじゃないだろうか。
 お父さんは、深夜に猫を追いかけていけるので、真の猫派である。


 お母さんは、お父さんをおちょくった話が好きなので、六時半に起き出して、私から話を聞いて、ひいこら笑って、ひいひい笑い転げて、椅子の背もたれを折った。
 お父さんは眠っていて、お母さんは仕事に出ていった。私はもう一度、眠りにつこうと思っている。









4/9/2025, 9:01:14 PM