40「ごめんね」
「ごめんね。ドーナツ20個食べちゃった」
今の世には「食べつくし系」ということばがある。
本来家族で分けあうはずの食事を、自己中心的な理由で食べ尽くしてしまう人物や様相をさす。
よろしくない性質だと思う。食べ物をただしく譲りあえないというのは、幼児性やハラスメント気質の現れだ。
「ごめんね。また食べ尽くしちゃった」
「いいよ。こっちこそ、30個作らなくてごめんね」
しかし僕たちの場合は事情が違う。
僕は彼女のその気質を、例えようもなく愛しているのだ。
僕は、愛した人を極限まで太らせたい資質を持っている。おそらくこれにも、何かの病理としての名前がついているだろう。まったく構いやしない。
僕は病気だ。そして彼女も病気だ。僕が作る格別のドーナツで、彼女はどんどん太っていく。最近は動悸がするから走るのが辛いという。普通の店では服が買えないという。
今日も彼女は僕に愛され、何もかもを食べつくす。
「全部たべちゃって、ごめんね」
すまなさそうなこの「ごめんね」は、この世でもっとも美しい響きであると思う。ああ、背筋がぞくぞくする。これからもずっとずっと、どこにも行かないで一緒にいようね。愛しているよ。
5/30/2023, 9:34:09 AM