冷瑞葵

Open App

逆光

 皆既日食の日、世界は朱に染まる。

「始まる!」
 子どもたちが一斉に上を見上げる。太陽が星の後ろ側に隠れていき、心なしか辺りが暗くなる。ワァッと大きな歓声が沸き起こった。
「すごいすごい! 太陽が小さくなってる!」
「すごいでしょう。これを『日食』と呼びます」
 先生は得意げに教えるが、子どもたちのほとんどは空で巻き起こる天体ショーに夢中で聞いていない。煌々と輝く太陽が大きな闇に飲まれていく。子どもたちからすればとても不思議で、魅力的な現象なのだろう。
 先生は嬉しいため息をつきながら、一言だけ説明を加えた。
「太陽が食べられるという意味なんですよ」
「――太陽、食べられちゃうの?」
「え」
 自身も太陽の行く末を見守っていた先生は、驚いて下に目をやった。太陽から注意を逸らさせるつもりはなかったのだが、一人の心やさしい子が泣きそうな目で先生を見つめている。
 なんていい子なのだろう、でも大丈夫だから、ほら、上を見てご覧。
 そう言おうとしたとき、辺りが急に真っ暗になった。太陽が完全に隠れたのだ。皆既日食である。
 さあ、今が良いところだ! 見逃すわけにはいかない。改めて子どもに上を向いてもらおうとするが、今度はギャアッという大きな声に遮られた。それは歓声というよりは悲鳴のようだった。
「血だ!」
 誰かの声がやけに大きく響く。つい先程まで揃って上を見上げていた子どもたちは今、皆自分たちの足元を見て怯えきっていた。
 たしかに地面は真っ赤に染まっていて、まるで血の海のようだった。空はすっかり真っ暗で、私たちを飲み込みそうな大きな黒い星が真上に鎮座し、赤い後光を放っている。
 怖がることはない。空の大きな星が黒く見えるのは完全に逆光になっているせいで、星の周囲から漏れ出る赤い光がその証拠だ。私たちの地面の赤色はその光が映っているためであって、決して血ではない。
 ……と先生は知っているが、それをどう説明すれば良いのか考えあぐねた。
 そうこうするうちに赤い光は金色の日光へと変化し、地面は赤色から黒色に、そしていつもの灰色へと戻っていった。気づけば太陽はいつもの丸に戻っていたが、子どもたちの中には泣く子もいて太陽に構っている暇はない。3年に一度の貴重なイベントは大惨事に終わってしまった。
 次は伝え方を気をつけよう。先生は深く反省したのだった。

『月から見た日食。またの名を月食』

1/25/2024, 12:03:19 AM