子供の頃、私は獣医さんになりたかった。
物心ついた時から、ニンゲンのお友達が怖かった。
いつも、中庭にある小屋で飼われているウサギやニワトリを眺め、お話しする事が大好きだった。
家ではイヌやネコと一緒に過ごす事は出来なかったけど、カメやキンギョを飼うことは出来た。
学校から帰ってくると、親には隠れて彼ら・彼女らにその日あった事をずっと教えていた。
当然のように、私は動物のお医者さんになりたいと思った。そのためにはとてもお勉強が出来る人にならないといけなかった。
お勉強は大嫌いだったけど、誰よりも努力しようとした。
頑張って
頑張って
頑張って
画用紙に思い通りに描いた未来は、真っ黒いクレヨンで塗り潰した。
私は、大人になった。
ビルとアスファルトに挟まれて、人間が作り出した冷たい森の中で、人間に擬態して生きた。
鳥や熊や兎や魚のものだった世界を踏み潰して出来た無機質な林で、私は多くの命を消費した。
生きているだけで罪を重ねた。
私は動けなくなった。
身体中に、今まで命を奪った生き物達の手が纏わりついているみたいだ。
気がつくと、目の前に画用紙が落ちていた。
クレヨンで拙い絵が描かれている。
私は、その絵に見覚えがあった。
そして、その絵を見ると無性に腹が立ってきた。
その絵をめちゃくちゃにしてやりたかった。
私は黒いクレヨンを手にし、叫びながらその絵を塗り潰した。
もうどこにも余白が無いほどになっても、何層にも黒を塗り重ねた。
遂に、クレヨンがもてなくなるほどすり減ってしまった。
私はクレヨンの残骸と真っ黒に塗り潰された画用紙の前にへたり込み、声をあげて泣いた。
地面に突っ伏して咽び泣く私の肩を誰かが叩いた。
私は顔を上げた。
小さい頃の私が、私を見下ろしていた。
「お姉ちゃん、泣かないで」
小さい私はそう言って私の前に座った。
彼女は画用紙を見つめ、何処からともなくナイフを取りだした。
「お姉ちゃん、見てて」
彼女はそう言うなり、手にしたナイフを画用紙に突き立てた。
ナイフを画用紙の上で直線に動かし、表面を削る。
何十回、何百回、彼女は線を引き続けた。
線を引き終わると、彼女は立ち上がった。
「次はお姉ちゃんだよ」
彼女はたった一言、そう言って霧のように消えた。
私は、彼女が消えたあとの画用紙を覗き込んだ。
そこで、目が覚めた。
「−こんな夢を見た−」
1/23/2023, 3:10:52 PM