窓から見える景色
トリミング、という技法があります。これは、見える全体を描くのではなく、その一部を拡大して描くことで、描きたいものを強調することができるのです。
例えば、クロード・モネの、《日傘をさす女》という作品があります。中央に傘をさす女、モネの妻と言われていますね。背景は白い雲のある空と、草原。つまり、屋外ですね。
当たり前ですが、実際には空と大地の方が圧倒的に大きいです。ですがこの絵の主役は明らかに女であり、空や草原ではありません。
なので、背景の美しい空と草原は大胆にトリミング、つまり切り捨てられています。そうすることで、主役である日傘の女の存在感が際立っているわけです。
……起きなさい、鈴木くん。まだ授業は終わってませんよ。佐藤さん、起こしてあげてください。
どこまで話したかな。ええっと、そうです。つまりですね、トリミングされたものは、強調されて見える、印象が強くなる、ということなんですね。
先生。
はい、渡辺くんどうしましたか?
それが何なんすか?
はい、いまから言いますよ。皆さん、窓を御覧なさい。じゃあ田中さん、何が見えますか。
え?ええっと。体育館と校庭。あとは、フェンス。その向こう側のコンビニとガソリンスタンド。あとは近所の家。です。
そうですね。どう思います?それ?
どうって、まあ普通?
うむ。山本くんはどう思う?
同じです。というか、ありきたりというか、ごくありふれた景色だと思います。
他の皆さんも同じ意見かな?……うんうん、
そうかもしれませんね。
そこでです。窓というものを見てみて下さい。よく考えてみると、景色をトリミングしてると言えませんか?景色は無限に続くのに、窓枠に切り取られている。そして見えるものは、ありふれた普通の景色。
つまり皆さんは、普通のものを、強調されて見ているわけです。いいですか、普通、ですよ。それを毎日、毎日、見ているわけです。
何が言いたいかというと、これからの長い人生、同じ窓ばかり見ていてはいけませんよ、ということです。ぜひいろんな窓を見て下さい。
窓がトリミングして見せるものは、とても強力な力を持っています。ありきたりのものばかりを見ていては、自分の人生もありきたりのものだ、と無意識に思い込んでしまいます。
だから、いろんな所に行ってみてください。いろんな窓を覗いてみて下さい。それがきっと、人生に豊かな拡がりをもたらしてくれるはずです。
キーンコーンカーンコーン。
おっと、時間ですね。それでは皆さん、私の最後の授業に参加してくれてありがとう。皆さんもこれから、それぞれ新しいステージで頑張って下さい。あっ、鈴木くん、起きた?鈴木くんも頑張って下さい。では。
9/25/2024, 1:12:44 PM