名無しさん

Open App

#太陽


「やっぱり君を例えるなら太陽なんだろうね」
「いきなりどうしたよ?」
 傾けようとしたタンカードを置いて隣を見れば、こちらをじっと見つめているそいつと目が合った。
「いきなりってわけじゃないさ。君は君自身が考えている以上に色々な人の運命を照らしてる太陽なんだなって改めて思った、それだけさ」
「いやいや、そんな大袈裟なことしてねえし……てか、なんだお前さん、もう酔っ払ってんのか?」
 ちょうど吟遊詩人の歌が終わったらしく、ついで出てきたのはジプシーの楽団たちだった。彼らは一様に珍しい楽器を持っていて、その調律を念入りにしているらしい、ポロポロという弦楽器独特の音が酒場の賑やかさに上手く溶け込んでいる。
 そうして調整が終わった頃に、楽団から一人の若い踊り手がすっと出てくる。一見すれば華奢な男性のようにも見えるその人はしかし、よく見れば艶かしい肢体をもつ女性のようにも見えた。そんな人物が酒場にいる客全員へ向けて恭しいく一礼をすれば、纏う装飾がシャランと涼しく澄んだ音を立てる。
 それが合図なのか。打楽器の人物がリズムを打つと異国の不思議な曲が流れ出し、それに合わせ踊り手が華麗な踊りを舞い始めた。
「そう、だね。少し酔ってるのかも知れない」
 時折体をしならせ、激しくだが淑やかな舞踏を異国情緒あふれる音楽に合わせ踊る踊り手をじっと見つめたまま、そいつはまるで吐息づくみたくほろりと言葉を紡ぐ。
――その横顔が何故か知らない人間のように見えて、無意識のうちにチッと短い舌打ちを漏らしていた。
「人に意味深な話を振っときながら、テメェは綺麗な姉ちゃんみて鼻の下伸ばしてんじゃねえよ」
 そう言いながら持ち上げタンカードを傾け中身をぐびぐびと呷る。
 そんな自分の言葉を拾ったらしい奴はこちらに向き直すと、ふはっと小さく吹き出した。
「君、ほんっと面白すぎだよ」
「けっ、こっちはなぁんにも面白くねえっての」
 飲み干し空になったタンカードをいささか乱暴にテーブルに置いて、それから自分と奴の間にあるナッツの盛られた皿に手を伸ばすと、むんずと鷲掴みにした。そして掴み取ったナッツをポイと口に放り込みガリガリと噛み砕く。
「まったく、そういうところはまだまだ子どもか」
「へーへー悪ぅございましたねー」
 ヤキモチなんてみっともないと分かっていても、どうしてかこの男のあんな顔はあれ以上見ていたくなくて、子どもみたいな癇癪を起こして奴の気を引いた。やってることはガキがやるそれと変わらなくて、我ながらウンザリする。
「まあいいさ。君がそうするのは……、みたいだしね」
 だからその時、やつがボソリと呟いた言葉を拾い損ねた。しかも空きっ腹に火酒をかっくらったせいで、いつもより酔いが回るのが早い気がする。それでも何とかまだ呂律が回るうちに奴へ、何か言ったかと問うてみた。
「いや、何も。それよりここは君に貸しでも作っておこうかな?」
 それをさらりとかわした奴はカウンター内にいる店員に水を頼み、また自身も追加の酒を頼んでいた。
「らしくない酔い方をするんじゃないよ、君も」
「……悪ぃ」
 そう言って店員から渡された水の入ったグラスをこちらに手渡しつつ苦笑する奴の顔はいつもの奴で、それになんだか申し訳ないと思いつつも、どこかホッと安堵の息をついている自分もいたことは否めなかった。
 そうしてそれから自分と奴は互いの現況や、これからの事を話し合ってのち、東の空が白み始める少し前にその酒場をあとにするのだった――。

8/6/2023, 3:03:51 PM