鏡の森 short stories

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#014 『モンシロチョウの憂鬱』

 結婚を機に遠方へ越した幼馴染はとても気が利く子で、あたしだったら速攻で気疲れしちゃうなぁ、なんて子供の頃から思って見ていた。
 蝶子と書いてショウコと読んだけど、あだ名は蝶(ちょう)ちゃん。
「あたし、きっと前世はモンシロチョウだったと思うのよ。ほら、人とは違うものを見てるみたいって、よく言われるからさ」
 名前に絡めて、蝶ちゃんは口癖みたいにそんなことを言っていた。なんでもモンシロチョウは赤色が見えない代わりに、紫外線を見ることができるらしい。
 そんな彼女が選んだのは、のんびり屋で頼りなさげな同級生。どちらかと言えば、なんて言うまでもなくクラス中では非モテな人で、実は彼が遠方の大学に行く前から付き合ってた、なんて聞いて、友達一同驚いたものだった。「人とは違うものを見てる」蝶ちゃんには、彼のいいところがいっぱい見えてたんだろう。
 帰省に合わせて一緒に食事に行ったりできたのは数年だけで、だんだん予定を合わせられなくなり、いつしか連絡も遠のいた。頼りがないのはよい知らせ、なんていうのはただの言い訳で、目まぐるしい日々の中、距離が離れつつあったのは確かだった。
 そんな彼女から久しぶりに連絡があった時、あたしはスマホを握りしめたまま寝落ちしていた。続きでそのまま朝を迎える夜だって珍しくなかったのに、その日は振動で目が覚めた。
 とは言え、応答は間に合わず。あたしは一瞬も迷わず折り返した。通話がつながるまでには間があった。
「蝶ちゃん?」
 つながった、と思うと同時に呼びかけたけど、返事はなくて。
 そのまましばらく経って、通話は切れた。時刻は2時を過ぎていた。

 もう一度発信し直そうかさんざん迷った結果、その夜は、簡単なメッセージを送るに留めた。
『久しぶり! 連絡ありがとう、近々食事行こうね』
 何かあったの、と付け足しかけては消して、夜中にごめんね、と付け足しかけては消して。
 余計な一言を我慢するのって結構ストレス感じるんだよねー、なんてことを思いながら。
 メッセージは、すぐに既読になった。

 蝶ちゃんから次に連絡があったのは二ヶ月後のことだった。
 なんと別居を決めて、今は実家に戻ってきてるとか。
『この間は、夜中にごめんね。子供がイタズラしちゃってさ』
 嘘だろうなぁ、と思ったけど、あたしは何も言わなかった。
『フツーさ、久しぶりすぎる相手から連絡あったら、宗教かマルチかって疑うでしょ(笑)ごはんお誘いありがとう』
『えっ、どっちかなの?笑』
『どっちでもないよ!!』
 なんていう、くだらないやりとりの後に、蝶ちゃんの愚痴が混じる。
『気が利くとか言われて調子に乗ってる。見てほしいところは何も見てくれないくせに、みたいなことを言われまくって』
『へー。仕方なくない?蝶々は赤色は見えないんだからさ。違ったっけ?』
『モンシロチョウね!(笑)よく覚えてるねー』
『そりゃあ、もう。蝶ちゃんのことなら、かなり笑』
 具体的なことは、蝶ちゃんは何も言ってこなかった。直接会って話したら、何か告白されるかもしれないけれど。
 話したければ聞くし、話したくなければ聞かない。
 そんな感じで十分だよねぇ、なんて思いながら、食事の約束を取り付ける。

お題/モンシロチョウ
2023.05.10 こどー

5/10/2023, 3:26:47 PM