雨露にる

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 ざあっ、と風が梢を揺らす音が聞こえた。
 今日はずいぶんと風が強いらしい。重たいまぶたをこじ開け、薄目で見た天井には、カーテンの隙間から溢れる光がうっすらと伸びている。昨夜までの雨はどこかへ去っていったらしい。晴れたなあ、とまだ半分意識を眠りに漬けたまま、うつらうつらと思う。
 外では雨雲の置き土産のように風がどう、どどう、と吹き荒れているようだった。ベランダから見える桜の木々はきっと、今こうしている間にも花弁を散り散りにひらめかせていることだろう。まぶたの裏に思い浮かべた淡やかな情景が夢へと変わるその瞬間、ぶわりとカーテンが膨らみ、朝の光が今にも閉じそうなその隙間から網膜を焼いた。

「う、」

 思わずこぼれたうめき声とともにぎゅうと目を瞑る。まぶしい。うめぼしのような顔をしながら少しの間うめいて、迷った末に渋々起き上がった。二度寝も魅力的だったが、それよりも一晩中開けっ放しだったらしい窓のほうが気になった。寝る前に閉めなかったっけ。いまだ回らない頭で昨夜の記憶を思い返す。
 ……ああそうだ、雨戸を閉める前にベッドに入ってしまって、閉めなきゃと思いながら結局雨音に寝かしつけられてしまったんだったか。
 我ながら防犯意識が低い。まあ過ぎたことだし、とそれきり考えるのをやめた。
 カーテンがぶわりぶわりと広がるたび、朝の光が床をさっと照らしては波のように引いていく。無防備にそこへ踏み込んだ私の白い足の甲が、まっさらな光に照らされた。そのままぺた、ぺた、と進む。膨らむカーテンの端を捕まえて、しゃーっと勢いよく開いた。
 ついでに雨戸も勢いよく開けた。
 寝起きには厳しい光の中、少しずつ慣らすように薄目でまばたきをしながら、ベランダへと出る。風がごうっと髪もパジャマの裾ももみくちゃにして、思わず「わああ」と弱々しい悲鳴が出た。けど、ああ、それよりも、風がやわらかい。冬の刺すような冷たさはなく、わずかなよそよそしさとほころんだばかりの花のようなあたたかさが入り混ざったような、春の風だ。
 ようやく光に慣れた目を開けば、足元のプランターで赤いチューリップが揺れているのが見えた。顔を上げれば薄青の晴れた空と、枯れることを知らないかのような満開の桜。薄紅色の花びらが風に巻き上げられて宙を舞っている。眼下の道路は一面花びらで染められて、花筏のようだった。
 柵によりかかり、そのまましばらくぼうっと眺める。思っていたよりも冷えるが、それでも部屋に戻ろうとは思わなかった。

すうと大きく息をした。千朶万朶の春の朝だった。


(お題:春爛漫)
(あるいはただ美しいだけの話)




4/10/2023, 3:28:49 PM