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明日、もし晴れたら
──君は帰ってしまう。


楽しかった旅行の最終日。

行きの天気予報では一切告知されていなかった
台風のようなゲリラ豪雨が襲った。

一体空のどこに、こんな大量の水を隠していたのだろうか。

空港のロビーの窓を叩きつけるような雨が滝となって流れていくのを、俺はロビーの椅子に座りながら呆然と眺めた。

さて、どうしようか…。
本来の予定なら、最終日の今日は少し観光をするはずだった。
しかし、朝からこの天気だった為、観光を泣く泣く諦め帰ることにしたというのに。
電光掲示板に流れる「欠航」の無情な二文字。

──さて、どうしようか。

俺は脳内で二度目だなぁと思いつつ、
自分の隣にいる彼女を一度チラリと見た。

艷やかな髪に白い肌、ちょっとふっくらとしたほっぺたが可愛い。俺にとって大切な彼女だ。
今は何やらスマホとにらめっこしているから見られないが、笑うと笑窪が出来る。その顔は周りに自慢したくなるくらいとても可愛い。

今回の旅行は、普段遠距離恋愛をしている自分たちにとって初めての旅行だった。

長い時間一緒にいられたこの旅行はまるで夢のようだった。
普段だったら時間を気にしたり、どんなに盛り上がっても帰らなくてはいけないという制約がある。
しかし今回は、旅行の間だけという限定的ではあるが時間の制限がない。
たったそれだけのことでも、俺は年甲斐もなく浮かれた。
それは彼女も同じだったようで、旅行中ずっと笑窪の出来る笑顔で楽しんでいた。

もし、叶うなら、もっと…。
ずっと一緒にいたい。
この旅行を終えたくない。

そんな自分の願望がこの嵐を呼んだのかもしれない。
…ロマンチストが過ぎるだろうか。

そんな事を思っていると、彼女はスマホを閉じて小さく嘆息した。

「この大雨で電車も止まってるって」
聡い彼女は帰りの手段を調べていたようだ。
「今日は、帰らないでどこかで泊まろうか」
そう言うと、彼女は笑窪の出来る笑顔を浮かべた。

私はスマホを閉じると
少し困り眉が可愛い彼を見つめた。
本人は好きではないという困り眉は
私から見ればチャームポイントだ。

楽しい旅行というのは本当にあっという間だった。
ガイドブックに載る観光名所を巡っただけでは得られない充実感があったのはきっと、彼が隣にいてくれたからだ。あんなに笑ったのは久しぶりだった。
そして、最終日にこのハプニング。
なかなかどうして、神様もにくいことをしてくれる。

どうやら、私がまだ旅行を終えたくないという願いを叶えてくれたようだ。

彼にとってはどうだろうか。
旅行最終日を台無しにされたと思っているだろうか。
それとも、私と同じ気持ちだろうか。

今回の旅行でますます貴方のことが好きになったんですよ。どうしてくれるんです?
このまま、またいつもの日常に戻るのが難しいくらいなんですよ。
…なんてね。

戯けてみても、
湧き上がるこの気持ちを無視することはできない。

今日、旅行を延長したとしても
明日、もし晴れたら君は帰ってしまう。

自分の気持ちを告げるなら今しかない。

俺は、
私は、
口を開いた。

8/1/2023, 12:38:29 PM