徒然

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「卒業文集だ、懐かしい〜」

引っ越しの手伝いに来た梨乃が、私の荷物を整理しながら呟く。手に持っているのは中学時代の卒業文集。二十歳を過ぎた今から数えると10年も前の物だ。私も梨乃が見つけるまで持っている事すら忘れていた。

「いいからダンボールに入れちゃって。引っ越し終わったらいくらでも見せてあげるから」

文集を開こうとする梨乃を制しながら私は手を動かす。明日はいよいよ引っ越し当日だというのに、一向に荷物が減らない。物を捨てられず溜め込む性格の私1人では進まないと思い、断捨離が得意なミニマリストの梨乃を呼んだのだが、懐かしい物を目にしては手を止めてしまうので思ったよりも進んでいなかった。

「これも持っていくの?」
「持ってくよ、捨てるのは勿体無いし。梨乃だって持ってるでしょ?」
「持ってるけど、実家にある。というか、沙耶の荷物幼少期からの物も全部取っておこうとしてるから片付かないんだよ?もう少し処分したら?」

辺りに積まれたダンボールに目をやりながら梨乃が言う。その通りなのだが、やはり捨てるのはなんだか悲しい。思い出まで捨ててしまう様な気がしてならないのだ。

「実家に置けるならそうするんだけどね」
「あー。おばさん全部処分しそうだもんね」
「そういうこと」

梨乃と私とは小学生の頃からの幼馴染だ。その為、私が両親と仲が良く無い事も、実家と距離を取っている事も全部知っている。知っている上で踏み込んで来る梨乃が私は嫌いじゃないので、こうして10年以上友人関係が続いているのだろう。

「それにしたって…荷物多くない?こっちの服とかは?もう要らないでしょ」
「それは、まだ綺麗だから着れそうだなって…」
「こっちのは?」
「また流行りが来たら着れるでしょ?」

「はぁ…」とため息を吐いて、梨乃は手に取った服をビニール袋に詰めていった。

「着る予定が未定なら処分!全部リサイクルショップに持ってくよ。状態悪くないから、売れはすると思う。こっちのはもうぼろぼろだから捨てるよ、ゴミ袋取って。これは…まぁ、良いだろう。持っていくのを許可する」

次から次へと処分するものと持っていくものとを仕分け、あっという間に処分する物が山積みになる。私に取って必要なつもりのものも、梨乃に取っては不必要な物なのだ。
実際、中身を確認してみると「こんな物まだあったんだ」「失くしたと思ってた物があった」という物ばかりで、やはり要らない物だった。正確には、あってもなくてもどちらでも良い物たちだ。

私は昔から物を処分するというのが苦手だった。
その物自体に思い入れがあるのは勿論だが、処分した後必要になった時の事が不安で仕方ないのだ。
簡単な話、もう一度買えば良いのだ。必要になったら買う。不必要になったら処分する。その考え方が出来れば、きっと部屋は片付くし失くし物も減るのだと思う。
必要でも無いのにずっと抱え込もうとする。忘れてはいけないもののような気がして、物があれば思い出せるとずっと捨てられず、抱え込んでしまう。

その点、梨乃は物に対する感情が希薄だ。私とは正反対に、次から次へと物を処分する。
小学生の時私が図工で作った貯金箱を大事に使っていたのを見て「まだ持ってたの?」と言っていた。梨乃は持ち帰ったその日に壊して処分したらしい。理由を聞くと「ただの粘土の塊でしょ」と答えたのを、今でも覚えている。
それまでの過程に興味は無いのだ。出来上がった物自体に思い入れを持てるかどうかで判断している。
だからこそ、一緒に居て気付かされる事も多く、そんな正反対な梨乃の淡白さに私は惹かれるのだろう。

***

荷物を次々と処分しやっと終わりが見えてきた頃、1冊のアルバムが出てきた。中身は高校時代の修学旅行の写真が入っている。
梨乃と同じクラスになれたのは奇跡だと言いながら、一緒に班を組んだのを覚えている。あの頃は確か…私と梨乃、そして高校に入って出来た友人達、美波、結衣、佳乃子の5人グループで、班もそのメンバーで組んでいた筈だ。
荷造りもひと段落ついていたので、私と梨乃はアルバムを眺めながら休憩をする事にした。

「若いねー。もうこんなにはしゃげないや」
「今だってまだ若いよ。沙耶となら、私まだこのテンションでいけると思う」
「梨乃がいけても、私が無理だよ」

修学旅行のアルバムには、当時の楽しかった思い出が沢山詰まっている。1ページ、1ページとめくる度あの頃の記憶が蘇ってくる様だ。

「佳乃子が言ってたよ。沙耶が全然連絡くれないって。沙耶が引っ越したらまたみんなで集まろうって話してたの。聞いた?結衣が妊娠したって話。もう2人目だよ、早いよねー」

ページをめくりながら話す梨乃の口から懐かしい名前が次々と出てきた。私は「へー」とか「ふーん」とか、当たり障りの無い返事しか出来ない。
私は確かに連絡は取ってないが、別に取る程の用も無い。そう思ってしまうのは、薄情なのだろうか。
結衣の結婚も、1人目の出産も私が知ったのは誰よりも後だった。正直言って興味が無い。高校時代は確かに仲良くしていたが、かと言って飛び抜けて仲が良かった訳でも無ければ、趣味が合う訳でも無い。
自分にとってはその場限りの友人向き合いでしかなかった。

「美波は?美波とは、やっぱり連絡取れないの?」

梨乃の口から唯一出てこない美波の名前を私は口にする。

「うん……。嫌われちゃったみたい。私だけじゃなくて、結衣も佳乃子も連絡取れないみたいだから、今何処で何してるのかもわかんないんだ」
「そうなんだ」

美波とは卒業直後こそ仲良くしていたが、しばらくしてから音信不通となってしまったらしい。詳しい事は私も知らない。
元々美波は梨乃に依存している様な所があった。梨乃とは1年生の時に仲良くなり、2年生で私が同じグループに入ってからというもの、私に対抗心を燃やしているのか梨乃と2人で居るところを邪魔する事もしばしばあった。
そんな関係性だったのもあり、美波の方から梨乃への連絡を断ち縁を切ったのは意外だった。

梨乃は昔から人付き合いを大事にするタイプだ。物への感情が希薄な分を補う様に、人に対しては真摯に向き合う。
知り合い、顔見知り程度の仲でも大事な友人だと言い、何かあれば嫌な顔一つせず手助けをする。
そんな梨乃だからこそ、周りに人は集まり人脈が広がっていく。だから、梨乃の近くにいくのも深く知るのも案外難しいことでは無い。
だが、梨乃は全員を平等に大切にしたいので、自分の手からこぼれ落ちてしまった友情をずっと引きずっているのだ。物は簡単に切り捨てるのに、人は簡単に切り捨てられない。
そのせいで、今でも美波との関係の修復を図りたいとしているが、今なお解決の糸口は無く、こうしてずっと心を痛めている。

私はその逆だった。物は大事にするのに、付き合いには淡白なのだ。その自覚はある。
高校時代の友人だけでは無い。小、中と仲良くしていた友人の半数以上と連絡を取っていない。成人式の後の飲み会には、梨乃に連れられ参加したものの、私は半分も顔と名前が一致しなかった。相手は私を覚えているのにだ。それ位、私にとって笑い
物を見ればその時の思い出が蘇る。私はその時の思い出だけを大事に出来たら良い。その後の縁や関係など重要では無い。だから、簡単に縁を切るし上っ面の友人関係を続けられる。
勿論、梨乃の様に長く付き合いのある人間も少数だが居る。私は自分の手で抱えられるだけのほんの少しの友情だけあれば良いのだ。他の寂しさは全部物が埋めてくれる。

この正反対さが私と梨乃が10年以上長く友人関係を築いてこられた理由だろう。

両親を愛し愛され祝福されて生まれ育った梨乃は、大人になり周りの人間にも同じ様にしたいと思っているのだ。
有り余る程の物は必要無い。自分には友人が、大事な人が居ればそれで良いと、本気で言うタイプの人間で、酔うと実際言っている、

私は両親に愛される事もなく、親戚には疎まれ、兄弟仲も悪い。大人になればなるほど、大事だった記憶を良い思い出としてその場限りの物にしたいと思ってしまう。
人間は変化する物だから。長く関係を続けた事で、綺麗な楽しい思い出が、暗く苦しい物に変わってしまうのが怖いのだ。
だから深くは関わらないし、表面上の楽しさだけで自分の傷を舐めている。

傷ついても前に進む強さを持った梨乃と傷付くのを恐れ、古傷を労るだけの私とでは、根本から違うのだ。
それでも、お互いに何か惹かれる物があり、お互いの足りない物を補ない合える今の関係が私は好きだ。
だからこそ、梨乃もこんな私が相手だというのに親友だと言って一緒に居てくれるのだろう。

「よし、もうひと頑張りしよっか。これ全部片付けたら肉食べに行こう!奢る!」
「良いね、焼肉が良い!あの駅前の新しいところ」
「あそこ高いじゃん〜。食べ放題にしようよ」
「引っ越しの前祝いって事でさ、半分出すから。ね」
「わかったよ。じゃあ肉の為に頑張ろー!」
「おー!!」

私達は残った荷物を片付ける。
明日私は引っ越しをして、梨乃とは遠く離れる事になるのだ。小学生の頃から、呼べばすぐに来れるそんな距離に住んでいた私達は明日からは遠く離れ離れとなる。
だけど何故だろう。私は、梨乃とは距離が離れてもきっと今の様な友人関係が続く様な気がしている。
気が向いた時にしか連絡しないし、こまめな近況報告も無い。SNSだって、殆ど見ない私からしたらやってないのも同然だ。
だけど、何故かわかる。多分また10年後も梨乃とはこうして笑い合いながら思い出話に花を咲かせるのだろう。
その時は私も少し、物を処分するのが上手くなっていると良いなと思った。



#友情と断捨離と【いつまでも捨てられない物】

8/18/2023, 4:21:28 AM