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耳を澄ますと


懐かしい歌声が聴こえる。わたしが中学生の時に流行った曲だ。サビは今でも口ずさめる。昨日の夕飯は忘れても昔覚えた歌詞は忘れない。

音源は台所に置いたラジオだ。目を痛めた今はもっぱら耳からの娯楽に頼っている。日常生活に不自由はないが、疲れないに越したことはない。少しでも耐用年数を伸ばすための努力。

「調子はどう?」
隣の部屋から彼女が声をかけてきた。まあまあだよ、と答える。毎日お決まりのやり取りが始まってもう2年たつ。
いや3年?もしかしたら半年かもしれない。

「明日はリペアセンターに行くわね。ちょうど有名な教授が来てるんだって」
彼女はいつもと変わらぬ声色でそういうと足早に去った。質問されたくないのだろう。
その教授は治療法を知ってるの?診てもらう意味はあるの?わたしはどうなるの?

ミキシングを完了します。
体内から音声が告げる。ミキシングってなに?
わたしの体内の声はわたしの質問に答えない。

意思も思考も混沌としたなかでわたしは生きている。
わたしの素材が血液や細胞ではなくシリコンや樹脂であった可能性におびえる日々を。
確かに存在した揺るがない音の記憶にすがりながら。

5/4/2024, 11:53:15 AM