谷折ジュゴン

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創作「愛する、それ故に」

けたたましいアラームの音と共に、赤いランプが明滅する。逃げ惑う白衣姿の職員たちが、必死の形相で家族写真や論文を抱え、研究室から飛び出していく。そんな中、一人の男はその場に佇み、恍惚とした表情で、あるものを見上げていた。

男の視線の先には巨大な水槽があった。水槽の中には、サメの尾と鳥の翼をもつ人型の生き物がいた。その生き物はまさに巨人だった。そして、ついさっきまで眠っていた生き物は、何の前触れもなく目を覚まし、背中や頭に接続された頑丈なコードを自ら引きちぎったのだった。

それから、その生き物は水中をしなやかに泳ぎ、勢いそのままガラスに体当たりした。ピシッと水槽に亀裂が入る。見上げていた男はわずかに後ずさりしたものの、視線はなおも生き物に釘付けになっていた。

ごうん、ごうんと幾度も水槽にぶつかる音が、研究室に響き、ついにガラスが砕けた。大量の水が溢れ出し、男を飲み込む。しかし、なす術なく流される男を包む大きな影があった。

しばらくして、男は研究室から少し離れた空き地で、意識を取り戻した。傍らには、あの生き物がいた。生き物は、辺りを警戒するように、鋭い視線をどこかへ向けている。男が何か言おうとして、激しく咳こんだ。その様子に気づいた生き物が、男を見た。

「ああ、君が僕を助けてくれたんだな。」

そう言って、男が微笑んだ。すると、生き物は不思議そうに男を眺めた後、ぎこちなく口角を上げ、目を細めた。そして、再び真剣な表情で辺りを警戒するのだった。

「ありがとう。僕を助けてくれて。」

やはり、男の言葉は通じていないらしかったが、男が自力で立ち上がるのを見ると、生き物は安心したように表情を緩めた。それから、力強く地面を蹴ると、あっという間にはるか上空へと昇って行った。

男が空を見上げていると、朝焼けの向こうから、水槽から逃げた生き物よりも一回り小さな生き物が、一体飛んで来た。2体の生き物は互いに呼び寄せるように声をあげ、ひしと抱きしめあった。

そして、自由を喜ぶように2体の生き物は空を翔けて、やがて太陽に向かって飛んでいったのだった。
(終)

10/9/2025, 6:11:44 AM