まるで夢のようなひと時だった。
実際には何年もの月日が経過していた。だけど、あなたと相まみれたあの一瞬--この世のものとは思えない神秘的な輝きを放つあなたのことが、忘れられないのだ。
あなたを見たのはその一瞬だけだった。あとはどんなに懇願しようとも、あなたは私の前に姿を現すことはなかった。簾越しに存在は感じ、私の張り上げた声は届いているはずなのに。あなたは後ろに控えていた年配の女房--おそらく乳母だったのだろう。あなたの代わりにお言葉を伝えてしまうから、私にはそのお声を直接耳にすることはとうに叶わなかった。きっと鈴の音のように、清らかで透き通ったお声に違いない。あなたのお声を聞けなかったことが、まことに残念でならない。
今宵も月は丸く輝いている。あなたの乳母は、あなたが月へ帰ったと宣っていた。聞いた当初、私は嘘だと思った。人が月へ行くだなんて前代未聞でしかない。馬鹿げた嘘だ。
その思いは今も変わらない。変わらないが、ふとあなたのあの神秘的な輝きを頭に浮かべるたび考えることがある。
本当に月へ帰ってしまったのかもしれない、と。
あなたの消息はあの日以降途絶えた。使いの者を通してどんなに探そうとしても、埃一つ出てこない。あなたの乳母に本当のことを聞かせてほしいと言い募っても、返ってくる言葉は変わらない。よくよく思い返せば、乳母も目元に涙を溜めて、堪えているようにも見えた。あなたの家族にも、突然の出来事だったに違いない。
考えれば考えるほど不可思議でしかない。もしかしたら、もう命を落としている可能性だってある。あなたの生存をこれほど望んでいるのに、どうにも良くない考えに至ってしまう。
見上げた月はやはり丸い。時間が経ってより輝きを増したように感じる。月明かりに誘われて、濡れ縁までにじり出た。暗闇が広がる空の中心で、月は私を照らしていた。
あなたがひと時でも長く、多くの幸福に囲まれますように。
祈りの詞は、心の奥底にしまい込んで蓋をした。
『月に願いを』
5/27/2024, 12:28:34 AM