たやは

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セーター

勤めているIT企業は、外資系ということもあって、割と自由なことも多い。出社してもいいしリモートでもいいし、服装ももちろん自由だ。自由なことは多い反面、いろいろな制約もある。なかでも個人情報の漏洩に関しては、どこの会社よりも厳しくなっている。

とは言っても、個人情報だけを扱っている訳ではないので、普通に仕事をしていればそれほど困ることは起こらない。今日も何事もなく順調だ。
お昼休みになり食事のために会社を出ることにした。本日の昼はカレーを食べたい気分だ。久しぶりにあの喫茶店に行ってみようか。会社から5分ほど歩くと新人の頃に同期とよく行った喫茶店ルナが見えてきた。ノスタルジックな昭和の喫茶店だ。

「え?並んでる。嘘でしょ。こんなに混んでたら昼休みが終わる。」

仕方がない。カレーは諦めて…いや、やっぱりカレーが食べたい。別の店を探しながら歩いていると、カレーうどんの文字が見えてきた。もう、カレーうどんでいいや。
のれんを潜り、席に着くとカレーの臭いが鼻を刺激してくる。お腹空いた。

「いただきます。」

カレーうどんをすする。美味しい。うどんでもカレー味はカレー味だ。
ぎゃぁ!
うどんを啜った時にカレーが白いセーターに飛んだ。ちょっとショック。エプロンが欲しかったなぁと慌てて跳ねたカレーを拭くが黄色が広がった。かなりショック。
このままでは帰れないので、近くの量販店で青いスウェットを買い、急いで会社に戻った。はぁ、ギリギリだ。疲れた。

戻った会社では、警戒音がフロア全体に鳴り響いていた。入社して6年になるが始めて聞く音に何が起こっているのかと驚きが隠せない。
席に戻り、近くの同期に聞くと個人情報が持ち出されたらしい。それも、内部の人間の手引きでだ。

「君。ちょっといいかな。」

は?私?

「君。ここを出る時は、たしか白い服を着ていたよね。どうして青い服なの。」

「どういうことでしょうか。」

「防犯カメラに白い服の不審な人物が映っていてね。私たちはその人物が情報漏洩の犯人だと思っている。君がとうして着替えたのか教えて欲しい。」

冗談ではない。私が個人情報を持ち出した犯人なはすがない。服を着替えたのは、カレーうどんがセーターに飛んだからだ。そんな話しするのは恥ずかしいが、そんなことは言っていられない。
上司に服を着替えた理由を話し、その防犯カメラを見せて欲しいとお願いした。
上司は疑いの眼差しと半分呆れた眼差しで私をみていたが、防犯カメラを見せてくれることに同意をしてくれた。

防犯カメラには白いセーターを着た女性が映っていた。でも、私ではない。歩き方が全然違う。歩き方。そうだ、歩き方。
私もエンジニアの端くれだ。舐めんなよ。

「この人は私ではありません。疑うなら歩容認証にかけさせて下さい。」

「歩容認証。なるほど。」

歩容認証は歩き方の特徴を捉えて個人を識別する方法だ。歩き方は人それぞれ個性があると言われており、科学捜査にも使われることがある。

歩容認証の結果、不審人物は私ではないことが証明された。当たり前だが疑いが晴れて良かった。
その後、隣りの部署の係長が個人情報を持ち出していたことが判明した。係長は白いカーディガンを着ていた。

なんだか今日は本当に疲れた。仲間から疑われることが、こんなにも辛く悲しいことだなんて思いもしなかった。
早く帰って寝たい。
カレーうどんに罪はないが、ついていない1日だった。

11/24/2024, 1:26:01 PM