ある男が言った。
「人が離れていくのは、嫌われた時でも、呆れられた時でもない。君が君という性を捨てて、独りよがりな勘違いに魅了させられた時なのだ」と。何の脈略もないのに、まるで説法みたいだなと、僕は思った。
雨が人を襲うように降る真夜中に、僕らはキングだのビショップだのを動員してチェスをした。僕らのチェスには雑兵じみたポーンはいないから、一人のキングに幾万ものルークだとか、純粋なキングに多妻制を提案するが如くクイーンを総動員してみたりと、赤子の積み木遊びみたいな体裁で楽しんでいる。
駒をオセロのように配置しながら、男は続ける。
「白のクイーンに唆されて、黒のビショップは白色の刻印を体にぶちまける。合理主義の黒のキングは、ナイトを派遣してビショップを殺す。情報漏洩を防ぐ。そしてナイトも、純白の女王に喉を刺される。そのナイトは、第三勢力、仮に赤色だとして、そこの忠臣なんじゃないかと噂されていた。けれど、結局それは事実無根のガセネタだった。疑って、負け戦に送られ、生涯を終える。いいかい、息子」
僕は、指南を受ける雛鳥のように頷いた。酒に酔った親父の対処法ぐらい、心得ているつもりだったから。
焦げる香り、開け放たれた窓から入り込む寒風。チェス盤だけが生々しく発熱し、顔を突き合わせた二人の男は炯々とした瞳を互いに向ける。
僕の唯一の忠臣であるポーンが、キングの首に狙いを定めた。
「チェックメイト」
お題 : 遠い足音
10/2/2025, 12:48:30 PM