「······透明水彩絵の具の色」
幸せとは? 思い付きでそう問いかけた。突然そんなことを言われたにも関わらず,君は微笑みながらなんでもないように答えた。
「水彩絵の具?」
「クレヨンでもマーカーでもアクリル絵の具でも油絵でもなくて透明水彩絵の具。でも,色鉛筆でも良いかな」
首を傾げた様子を見てか,さらに言葉を重ねる。言葉を操る君の台詞は抽象的で難しすぎるけれど,空気に溶け込んでしまうかのように優しい言い回しは嫌いじゃないと思った。
「氷細工やクリスタルのように混じりけのない繊細ながらも凛とした色合い。複雑に絡み合う心と似てると思わない?幸せって,宝石に映る景色や万華鏡みたいに移ろうものかなって」
それはまるで詩を詠うような語り口だった。君の言葉にはいつも情景が浮かぶような,重なりあって紡がれる物語。
見えている景色が違うようでとても羨ましい。君の目にはこの世界が鮮やかで躍動的に輝いて映るのだろう。
「黄色もピンクも純白も美しいけれど,もっと儚く揺らぐ色なイメージ。玉虫色と同じ。光や角度によって違って,言葉ですら表現し得ない」
そう言いながら,空に向かって腕を伸ばすように手を翳す。それは光を遮るようにも掴むようにも見える仕草。その先には一体何があるのか。
「こうやって空想するだけで手にはいる。そういうものだと思うよ」
「······よく分からない」
返事を聞いてくすっと笑った君は,こちらから視線を外すと遥か彼方 地平線を見つめるような表情になった。
「どんな瞬間でも幸いとなるってこと。例えば今この時間だって」
今度は僕を見てふわりと笑う。それは,あまりにまっすぐな笑顔で思わず息を飲む。
「今幸せだよ。あなたと一緒に居られて」
あまりにも自然にさらりと言われたその言葉は,僕の心を一瞬にしてかき乱した。
──あぁ,確かに。この感情は 透明水彩のよう。
淡く澄んだ瑞々しい白桃。ピンクに黄色に白 複雑に折り重なって産み出される幸せと恋の色。そんなものを知った。
テーマ : «幸せ»
1/5/2023, 10:36:14 AM