尾仁ぎり

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【今日だけ許して】

僕が魔法少年として日本の平和を守っていることはさておき。

来週は僕の通っている高校で修学旅行がある。
うちの学校は文武両道を掲げているから、学校行事も部活も全力だし、宿題も多い。来週からの修学旅行へ行くためには、明日までに学校の宿題を提出しきらなければいけない。

現在、PM9:00———。
宿題は終わっておりません。

修学旅行を物凄く楽しみにしている僕にとってこれは死活問題。今日は徹夜をしてでも宿題を終わらせて、何とか明日提出をする。そう意気込んで、さっきコンビニで買ってきたエナジードリンクを飲み干した。

それから黙々と宿題を進め、PM11:00———。
残すは数学と英語のワークのみ。
量としては、全部で20ページ。

「ふふ、実に順調…順調だぞぉ…」

あまりに順調にことが進んでいるので、嬉しさのあまり心の声が漏れ出る。
調子がいい時ほど注意だぞ、僕。
上手く行っているときほど慎重にだぞ、森永ハルタ。

———ピリリッ!ピリリッ!

調子良く筆が進んでいた矢先、けたたましく僕の携帯に着信がはいる。
着信元は、【青少年魔法対策支部】。支部長の永谷さんからだった。
嫌な予感はしたんだ。腹を括って僕は着信に出た。

「…はい、森永です」
『永谷だ。ハルタに出動命令が出ている』
「直ちに出動します。場所は?」
『話が早くて助かる。お前の家の近所の星町公園で怪物が出現。急いで現場に向かってくれ』
「らじゃー!」

通話を切ると、僕は変身道具のヘッドホンを引き出しから取り出した。ヘッドホンを装着して「おしおきチェンジ!」と声を上げると、あっという間に僕の体は光に包まれ、戦闘服に変わる。水色と緑色を基調とした、ジャケットとハーフパンツ。動きやすいけれど、少しフリルがついて可愛らしい見た目なのは気に入らない。けれど、戦闘服はかなりの防御力を、グローブはパンチ力を、ブーツはキック力と空を駆ける力を持つ、とてつもなく便利なものだった。

僕は窓から夜空へ駆け出す。星町公園は僕の家のほぼ真裏にある、小さい頃からよく遊んだ公園だ。
公園を上空から見渡すと、確かに怪物はいた。かなりサイズは小さいが。
公園に降り立って近づいていくと、その怪物は小さい犬くらいの大きさで、口には牙があった。コウモリのような羽と尻尾を持つ毛玉のような見た目をしていた。

「今日の仕事、楽勝じゃ〜ん!」

とてつもなく大きくて強い怪物が出たらどうしようかと思っていたけれど、これならすぐに倒して宿題の続きができそうだ。
早いところ倒してしまおう。
もふもふとした怪物の尻尾を掴み、「おしおきパンチ」を繰り出そうと腕を構えていると、突然———。

「やめて!」

後ろから叫ぶように声が聞こえ、僕の腕に衝撃があった。思わず僕は怪物の尻尾を離してしまう。

「何するんだよ!」
「だって、弱いものいじめなんて可哀想じゃないか!」
「これは弱いものいじめじゃなくて、れっきとした怪物退治なんだっ———あれ?」

僕の腕にしがみついていたのは、僕の幼馴染で、同じクラスの岡本ユウトだった。すごく真面目で頭が良くて、漫画で見るようなインテリ系。学級委員長で黒縁の眼鏡もかけている。塾のテキストの入ったカバンを持っているから、塾の帰りか何かのようだった。

この状況はまずい。魔法少年の正体がバレることは別に問題視されていないのだけれど、こんな可愛らしい格好をしている僕を見られるのは恥ずかしい。これも死活問題だ。

僕がサッと顔を逸らすと、ユウトは僕に構うことなく、怪物のそばでしゃがみ込む。もふもふの頭を撫でて「危なかったなぁ、お前」なんて、呑気なことを言っては戯れあっている。

「ふふ、くすぐったいなぁ」
「お前、そいつが凶暴じゃないからと言って油断してると危ないんだぞ!」

油断しかしてないユウトが心配になって、怪物の方を向くと、怪物はユウトの指をペロペロと舐めているようだった。
サッと血の気が引く。ユウトの肌色の指に赤い線が見える。

「お前、その指…」
「あ、これ?今日ノートで切っちゃったんだ。でもこの子が舐めてくれるみたいで」

小さい怪物は一見、穏やかで危害がないように見える。だけど、ただ1つ注意がある。
———血を吸うと、凶暴化する。

「離れろ、ユウト!!」
「えっ…うわぁっ!」

怪物は瞬く間に大きく膨らみ、ユウトの血をさらに吸おうと飛びかかった。このままではユウトが食べられてしまう。
僕は大きく真上に飛び上って狙いを定め、「おしおきキック」を繰り出した。蹴りが入れば怪物は呻き声をあげながら、キラキラと星屑を出して、消えた。

「大丈夫か?ユウト」
「う、うん…大丈夫…」

ユウトに怪我がないか確認をする。ユウトは困惑しながら頷いた。

「助けてくれてありがとう…ハルタくん」
「は、はるたぁ!?誰それ!人違いじゃないですかぁ!?」
「ふふ、ハルタくんってば面白い。このお礼は必ずするからね」
「う…本当に違うからな!じゃあな!!!」

ユウトは面白そうに楽しそうに笑っている。正体がバレた恥ずかしさで居ても立っても居られなくて、僕は再び夜の空を駆け出した。

家に帰ってくれば、AM1:00———。
果たして宿題は終わるのだろうか。絶望している暇はない。僕はヘッドホンを外して変身を解いて机に向かう。
僕の戦いはこれからだ。

そして、黙々と宿題を進めAM7:00———。
残すは英語のワークのみ。残り5ページ。
タイムリミットだった。

僕は登校して教室に入るなり、既に登校しているユウトを見つけた。ユウトは僕に借りがある。僕は最後の望みをかけてユウトの元へ向かった。

「ユウト、お願いがあります」
「何?ボクに出来ることなら。ふふ、昨日のお礼もまだだしね」
「う…あのさ、宿題!写させてください!」
「絶対ダメ。それじゃ、ハルタくんの為にならないでしょ」

食い気味に、ユウトはピシャリと断った。
———ハルタくんの為にならない。
普段だったら、そう。宿題は自分のためにやるものということは、僕だって分かっている。たとえ遅れたとて普段であれば自分の力で仕上げていた。
だけどだけど、今回だけは…修学旅行がかかっている。
僕はユウトの前で床に膝をつき、大きく頭を下げて、大声で頼み込んだ。

「お願い!今日だけ許してぇ!」

10/4/2025, 3:02:16 PM