私は本を読まない。単純につまんないし。でも幼馴染の彼はある日、手作りの桜のしおりを私にプレゼントしてきた。小学生の時の話だ。
当時、4月になって早々、私は季節外れのインフルエンザにかかり寝込んでいた。家族でやる花見を楽しみにしていたので、私はとても悔しかった。雨が降って早く散ればいいのにと思った。
でもそのせいだったのか、彼はお見舞いとして、桜を閉じ込めたしおりを持ってきた。なんか薄いプラスチックの中に桜の花や花びらを入れて閉じ込めて、上に穴を開けて赤いリボンを通しただけの、しょぼいやつだった。
「桜を見られないって泣いてたら、可哀想だと思って。おまえ、桜めっちゃ好きじゃん」
学校に行って理由を聞いたら、そう言われた。
彼はお調子者で一見アホだったが、ピアノの才能があった。遊びに行けば何でも弾いてくれたし、おばさんは美味しいお茶やお菓子を出してくれた。行事ではいつも当たり前のように彼が伴奏を担当していた。今思うと、学校では彼が弾いてる所をあまり見たことがない。そして中学生になると彼は良い学校に行って、私たちはすっかり疎遠になって大人になった。
ある日、彼が地元でコンサートをやると、母から知らせが来た。どうやら保護者の間で話題になってるらしい。ああ、彼はピアニストになったのか。上手だとは思ってたけど、マジで才能があったんだ。へえーー。頭の中の幼い彼とは似つかない肩書きに、違和感しかなかった。
私は母と一緒に彼のコンサートに行った。地元でもそこそこ大きいホールの観客席は、人で埋まっている。そして盛大な拍手で出迎えられた彼は別人のように洗練された大人になっていた。
昔は短髪でいかにも活発そうな小僧だったのに、今はすらっと身長が伸びて、髪もハーフアップにしている。彼は慣れたように上品な笑顔を浮かべるがしかし口元には昔の気さくな笑みの面影がある。舞台の照明の下で感謝の笑みを浮かべて、お礼を述べている。
「皆様、こんばんは。私は幼い頃、この町でやんちゃな少年として過ごしておりました。それが今、こうして舞台に立ち、ピアノを演奏できることを夢のように感じております。これまで得た経験を胸に、地元の皆様に聴いていただける喜びは何にも代えがたいものです。本日はどうぞ、心ゆくまでお楽しみください。ありがとうございます」
コンサートが終わって、私は夢見心地だった。世の中の人がなぜ生演奏を愛するのか、分かった気がする。同じ空間で聴く音色の響きはもちろん、音の震え、音圧、巧みな強弱に乗せられたメロディに込められた感情が、耳を震わせて身体の内側に流れ込んで、何かを訴えてくるようだった。
【落としどころが分からなくなってしまったので終わります…スミマセン】
4/5/2025, 3:04:00 AM