青空に白い雲が映え、吹き抜ける風がソメイヨシノの花弁を踊らせる。四月の陽気は優しく心臓に溜まっていって、草木の匂いと共に満ちていく。
「なんか、走り出したくなる。裸足で」
そう言って、従姉妹の香織はブルーシートに寝転がった。同じように寝転ぶと、空の高さに目眩がした。
親戚が集まり花見をするのは、我が家の恒例行事になっていた。春休みの期間を利用して、集まれるだけの親戚が一同に会するのだ。
「気持ちは分かるかも」
大人たちは既に出来上がっていて、小学生共は鬼ごっこをやりに行ってしまった。そのどちらにも属さない香織と自分は、こうして寝転がり暇を潰しているというわけだ。
「春って、私一番好きかも」
「冬よりはいいかもね」
春と夏は一考の価値があるだろう。
「ソメイヨシノって、なんで一斉に咲くか知ってる?」
唐突ではあったけれど、状況には合っているクイズだった。答えはもちろん知らない。
「合図でも出してんの?」
「ううん。正解はね、皆んな同じ遺伝子で出来てるからだって」
「つまり?」
「つまりね、ソメイヨシノは皆んな元のソメイヨシノのクローンなの。だから、同じ環境だと同じように咲くんだって」
寝転がって伸ばした右手に、香織の長い髪が触れる。繊維質な手触りが、指先にやけに残った。
「遺伝子が同じ、ね」
そうやって見ると、舞っている花弁がやたら均一なものに見えてくる。彼らは同じ色で、同じような大きさをしている。
「私たちの遺伝子も、他人よりは少しだけ同じなんだよね」
その私たちに、きっと走り回る小学生共は含まれていない。彼女は今、私たちという言葉を使って二人を世界から切り分けたのだろう。
「……血の繋がりとしては薄いと思うけどね」
「いっそのこと、皆んな同じだったら良かったのにね」
同じだったらいいのになと思ったことはなかったので、何も言うことが出来なかった。代わりに風が強く吹いた。
沈黙を否定するように、香織は勢いをつけて起き上がった。ブルーシートは情けない声を上げ、彼女がこちらに手を差し伸べた。
「自分で立てるよ」
言ってから、おもむろに立ち上がる。香織は少し逡巡してから、差し伸べた手を後ろで組んだ。
「戻ろう。あっちもそろそろ片付け始まるでしょ」
「うん。そうだね。」
靴をきちんと履いてから、ブルーシートを丁寧に畳んでいく。遠目に居た両親や叔父さんが手を振っているのが見える。来年、ここに自分は居ないだろうと、何故かそう思った。
4/10/2024, 3:57:12 PM