秋風
ひゅるりと冷たい風。ブルりと身体を震わせ、家路へ急ぐ。上着はあるがそれでも、今は当たりたくない。
「あんたにはわかんないよ」
からっ風のようなそれが、ぼくの積もった枯葉のような自尊心を吹き散らした。
まともな受け応えも出来ず、ただその場から逃げてしまったのも含めて本当によく似ている。
善意のつもりだった。彼女が、学芸会の練習に来れない理由を探してそれを解消しようと立ち回った。今思えばそれそのものが余計な事だったんだろう。彼女の同意も得ず、彼女がどういう気持ちかも考えずただクラスの為を思って動いた。分かってる、酷い独善だ。
秋風のように冷めた目で言葉で、突き放されても文句は言えないぐらい。そもそもの発端が
「あぁ、一緒に劇やりたかったな……。あの子となら楽しかったのに」
と、浅い理由。クラスのためですらないのだから。
当然、高い空に呟いたソレは誰にも届かないのだろう。風に連れられ遠く遠くへ上る。見えないところで弾ける。
それだけのはずだった。
「ふうん、ばかみたい」
背後から、今1番聞きたくない声。
そこに居たのはやはり、僕の意識を占めるあの子だった。息が抑えられず、頬もリンゴのようだ。寒空の下、急いできたのだろう。
そこまでして、僕に悪罵を吐きに来たのだろうか。性格は悪いと思うが、今の僕は全面降伏する他ない。ただ、何となくその子がそんなことするのは想像がつかなかった。
なんと言っていいか分からなかった僕は、ただ黙ってその子を見つめる。すると、もじもじとしていたその子はふぅ、ふぅと息を整える。
そして、強く息を吸うと
「あのね、あん時はごめんなさい。言いすぎたわ」
バッと頭を下げる。
なんで、この子がこんな。混乱が支配した。さっきの想像よりもさらに想像がつかない。僕が固まっているせいかその子も頭をあげるタイミングを失っている。
カラカラと落ち葉が笑う。
ええいこのままじゃ埒が明かないか。
気持ち的に1歩踏み出してみる。
「な、なんでそんな?」
出てきたのは馬鹿みたいな問いかけ。だがキッカケとしては丁度良かったらしい。
「その、ね。私はやりたいこと、やってるの。お父様とお母様からの期待もあるの。小さい時から、ずっと。それを理由に断ることが多くなったら誰からも誘われなくなったわ。だから、あんたからあんなこと言われた時も、意固地になっちゃったの」
目を逸らしつつも、堰を切ったように一気に話す彼女。けれど、それなら尚更の話。僕を追いかけて謝るなんて大人な対応しなくて良いのに。僕が悪いのだから。
「違う。あの後、他の子から聞いたのよ。
さっきの独り言みたいな事情を、ね。」
「な、あ」
顔が火が出るかのように熱い。今日が気温低くて良かった。本当に。咄嗟に顔を伏せる。
が、グイッと顎を上げられる。赤みがありつつも、ニヤリといたずらっ子のような表情は小悪魔と言って差し支えない。
「ね、あなた。私と、「わ、た、し、と」やりたかったのよね?」
「いえすまむ」
這う這うの体でそう答えると、更に笑みを深くする。
そして、僕から距離を取る。
「ふうん。ばかみたい」
そして、チラリとこちらを振り返りつつこういった。
「安心なさい、あんたのその勇気に免じて明日から何とか時間を作る」
「急すぎないか話が」
「もう、察しが悪いわね。」
少しばかり考える姿勢をとる彼女。何となく僕が悪いのは分かるが言葉が足りないのは、あっちのせいでは?と思わなくもない。けれどここで口を挟んで今みたいな奇跡を取り逃すのも良くない。
それが功を奏したのか。はたまた、秋の神様の魔法か。彼女は、小悪魔のように、そしてリンゴのように甘い顔でこういった。
「そういえば、今日は風が冷たいわね」
「だから、手を貸してくれる?」
それから。
僕は毎年、秋風と小悪魔に誑かされる。
11/14/2024, 2:40:25 PM