『一年後』
彼女と結婚式を挙げたのは去年の6月のことだ。
結婚式のドタバタはとうに落ち着いているのだが、俺たちにはまだ残されたタスクがある。
そう、新婚旅行だ。
俺的には是が非でもハワイやグアムで国内での喧騒を逃れ、心ゆくまで彼女のかわいいを堪能したい。
だが、まとまった休みを取るとなると、彼女のスケジュールがなかなか押さえられないでいた。
携帯電話に入れているスケジュールアプリをスライドしていきながらため息をつく。
「新婚旅行は来年に持ち越しになりそうだな」
「えっ?」
マグカップをふたつ手にしてリビングに戻ってきた彼女が、驚いた声をあげた。
げ。
声に出てたか。
これまで、彼女と新婚旅行について込み入った話はしたことがない。
「……行く気でいるの?」
手にしていたマグカップのうちのひとつを、彼女は俺に手渡す。
味噌汁の出汁がふんわりと鼻腔をくすぐった。
「どうして、行かない、なんて選択肢があるんですか?」
「式関連で盛大にお金使い込みやがったからてっきり満足したんだとばかり」
「いや、あれは……」
挙式にかかる費用はほとんど彼女が負担してしまったため、俺はその浮いた資金でグッズやフォトアルバムを作っただけだ。
新婚旅行費用とは別口になっているに決まっている。
とはいえ、ガッツリ怒られてまだ日が浅かった。
やぶ蛇を突く気はないため、俺は話を新婚旅行へとシフトさせる。
「……そもそも、あなたと外泊なんてしたことないですし、少なくとも俺はこんな理由でもない限り海外なんて縁はありません。とにもかくにも、あなたと非日常を満喫したいんです。海外ならふたりの時間を邪魔されないでしょうし、ハワイとかどうですか? 俺的にはホテルのプールでも貸し切ってあなたの水着姿を心ゆくまで堪能しようと思っているのですけど」
「マジか。水泳とか高校の授業以来だな」
プールという言葉に彼女は眉を寄せるが、俺は彼女の「水泳」というワードに反応した。
「!?」
あれ?
ガッツリ泳ぐつもりでいるのか?
正気か?
プールデートといえば浮き輪膨らませて流れるプールに身を任せてキャッキャウフフするのが定石だろうが。
彼女の口ぶりだと、50mプールを体力の限界までクロールで往復しかねない。
いや、例え競泳だろうがなんだろうが、彼女の水着姿を拝めるなら本望だ。
彼女がそのつもりなら、俺は全力で計測につき合おう。
「まあ、そういうことですので。来年はきちんとスケジュールを空けておいてくだいね?」
マグカップに入った味噌汁を啜った。
「それはいいけど、私、水着持ってないから。水着はれーじくんが選んでよ?」
「はぁ!?」
「さすがに高校生の頃に使ってた水着はサイズが合わないもん」
水着のトレンドなんて興味もないからわかんないと、言い捨てる彼女に頭を抱えた。
いくらなんでも無防備がすぎる。
「……黒いフリフリのビキニがいいって言ったら着てくれるんです?」
「え? まあ。いいんじゃない?」
恥ずかしげもなく体のラインを晒してしまうことになるというのに、彼女はやはりあっさりとうなずいた。
「もうちょっと警戒したらどうですか?」
「れーじくん相手に? 今さら?」
顔を熱くする俺の反応に、彼女は楽しげに唇を緩める。
「水着よりも、むしろラッシュガード、日焼け止め、帽子、サングラス、その他諸々の日焼け対策のほうに力が入るでしょ」
「確かに……」
彼女の言葉通りになりそうで、なんも言えねえ。
彼女の手のひらの上で弄ばれて心臓がもたない。
「一年後の楽しみができてよかったね」
テーブルの上に突っ伏した俺の耳元で、彼女が楽しそうに囁いた。
「………………そうですね」
「声ちっさ」
力なくうなずく俺に、彼女はコロコロと笑うのであった。
5/14/2026, 8:18:15 AM