ちひろ

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暗く湿ったラブホテルの、開ききらない窓をできるだけ開けて外を眺める。
いま隣にいる男は小一時間前に対価を払い、ひとしきり私の体を貪ったあと眠りに落ちていた。
高らかに響くいびきに呆れ混じりのため息が漏れる。
馬鹿馬鹿しい。残りの時間目一杯寝かせとこうかな。

日曜日の午後。憂鬱な時間。そろそろまた鳴るかなぁ。日曜日はやっぱり一日に何度も鳴るなぁ。
ただでさえ寝ている男の発する音がやかましいというのに、さらに気持ちは落ちていく。

…きた。

低く鳴り響くウエディングベルの音。
厚みはあるけれどどこか軽やかに鐘の音を遠くまで響かせ、ここに幸せなカップルがいますよと主張している。

なんでチャペル付きのホテルの近くにラブホがあるのよ…

抜けるような青空の下、ハレの日の装いで、泣いたり笑ったり人生最上級の幸せを味わってる人間が今日だけで何組もいるというのに。裸のまま、汚れた身体もそのままにしてるのも手伝って、自分だけか世界から切り取られる感覚に陥っていく。
テーブルに乱雑に置かれた金。しわくちゃのシーツ。山盛りの灰皿。

…こんな仕事しといて幸せな結婚とか、ねぇ…
私という存在をゆっくりとかき消すように、綺麗なベルの音は何度も鳴り響いていた。



*ベルの音

12/20/2022, 3:44:30 PM