「じゃあ、また明日な。」
「……うん。また明日。」
今日もそう言って、三叉路を二手に別れて歩く。彼が視界から消えたら、カーブミラーを覗き込んでギリギリまで見送って。彼の姿が完全に追えなくなってから、家に帰る。もう何年も続けているルーティンだった。
中学生のとき、彼は一度、自らの手でこの世を去ろうとした。虐めがあったわけでも、家庭環境が悪かったわけでもない。ただ、彼は少しだけ人よりも繊細で、自分のことが分からなくて、夜空に浸したように不透明な未来が怖くなってしまったんだと思っている。勿論俺の勝手な妄想だから、合っているかは分からないが。
その日から、俺のこのルーティンは始まった。また彼がいなくなろうとしたら、本当に俺の元から消えてしまったらと考えると、どうしようもなく不安になる。だからこうして、毎日毎日小さな約束で彼をこの世に縛り付ける。彼はなんだかんだ言って優しいし、俺に甘い。俺との約束を彼が破れる訳が無いという絶対的な信頼と、過大なまでの自信を持っていた。
今日のように、単純に明日も会う約束の時が多いが、ずっとそれではいつか破られそうで不安になる。だから、たまに買い物に行こうだとか、家に行っていいかだとか、そういう少しだけ大きい約束もする。
こんなささやかな約束すら破れない彼だから、あの日ふっと彼の中の何かが溢れてしまったんだろう。人から鈍いとよく言われる俺では、その溢れそうな何かを減らすことも、一緒にそれを背負うこともできない。
下らない、どうでもいい、ささやかな願いを込めた小さな約束が、俺の限界だった。この細くて頼りない糸でしか、彼をこの世に縛ることはできない。
こんなことを考えていたら、また不安が頭を支配しそうになってきた。回らなくなってきた頭で携帯を取り出して、そのまま何も考えず彼に電話を掛ける。コール音が増えていく度、不安はかさを増していく。
『……もしもし?どうしたの?』
いつも通り優しい彼の声がして、俺はようやく息を吐けた。何でもないと誤魔化して、少しだけ明日の話をして電話を切る。
膨らんできた希死念慮を彼との約束で押し込めながら、自嘲気味な笑みが零れてきた。
あの約束でこの世に縛っているのは、本当は彼の存在ではない。俺が俺自身を殺さないために、俺ごと彼をこの依存の沼に縫い付けているに過ぎない。
2人でだめになっていく感覚に怯えながらも、俺はどうしようもない安堵感に絡め取られていた。
テーマ:ささやかな約束
11/15/2025, 4:20:36 AM