【胸が高鳴る】
もうずっとこんな気持ち感じてなかったと思う。
大人になるってそういうことだ。色んなことを諦めて、色んなことを確かめもせず、ただただ「ってWikipediaに書いてあったよ」って言うだけになる。周りの友達がそうなってって、会社でも大体はそんな感じで、だからもしかしてこのもやもやはとても子供っぽいんじゃないのかなって、お酒も飲めないから、布団の中でずっと抱え込んできた。
本当にたまたま開いたウェブサイトの、トラッキングで現れただけの、あるデバイスの広告。今買えばゲームソフトが無料で付いてくるとうたってる。価格はまぁそれなりだけど、少し食費を抑えればなんとかなりそう。分割払いも対応だったから、私はすぐにそれを注文していた。
それが届いてすぐ書かれたとおりに設定をして、サイトの案内通りに登録をして、部屋を片付けて安全エリアを作って、ああ、疲れたなんて言ってる暇はなくて、すぐにヘッドマウントディスプレイとコントローラーを身に着けてチュートリアルを始める。
バッと広がったその空間は、リアリティには欠けているけれど、確かに、そこに、大きく広がって、まるで自分の部屋ではないようだった。
「すご……」
ドキドキと胸が高鳴っている。こんな小さな機材で一つ世界が作られた。そういうものだってWikipediaにも書いてあったのは知ってる。でも、胸がドキドキするなんて、誰も教えてくれなかった。
コントローラーで案内をしてくれるキャラクターにハイタッチする。キャラクターが教えてくれたシューティングゲームで遊んでみる。本当に私の部屋なのだろうか、驚くほど遠くに的があって、それを撃つのが楽しい。
少し疲れて一旦デバイスを外す。そこにあるのは何の変哲もない、いつもの自分の部屋。だけど、その白い機械を見るだけで、また胸が、ドキンと脈打った。
3/19/2023, 10:20:41 AM