【ジャングルジム】
公園にあるジャングルジムの上で、僕は地面を見下ろしていた。
着地点を想定し飛び降りる準備をしたが、足がすくんで動けない。握り締めた鉄の格子に手汗がつき、滑り落ちてしまいそうだった。
後ろから声がかけられる。
「おーい、大丈夫?」
幼馴染の長谷川だ。肩に掛からないくらいで切りそろえた髪が風に吹かれて揺れている。
「だ、大丈夫。飛べるよ」
「無理しなくていいって。ほんっとうに意気地なしだな〜」
「飛べるもん! ちょっと考えてたんだ。そう言う長谷川は飛べるのかよ!」
「ウチは飛べるよ〜」
長谷川はそう言うと、華奢な体躯からは想定できないほど高く飛び降りる、もとい跳び降りた。
姿勢を正したまま綺麗に着地した長谷川は、僕の方を振り返りニッと笑いかける。
「ね? 綺麗だったでしょ?」
「……ま、まあ、すげぇじゃん」
「素直じゃないなー!」
長谷川は大きな口を開けて笑い出した。
馬鹿にされてるみたいでこっぱずかしかったが、長谷川はただ単に楽しくて笑っているだけだろう。彼女はそういう人間だった。
あの日以来、彼女は僕が成し得ないことを成し遂げる、憧れのような存在になった。
そんな憧れだった長谷川が、この間亡くなった。
五階建てのビルから飛び降りたらしい。
本当の理由は知らないが、俺は仕事上のストレスだか人間関係だかを疑っている。この間もその類の相談を持ちかけられたからだ。俺は彼女の話を聞くことしかできなかった。
憧れの長谷川が徐々に萎んでいくのを、俺は見ていられなかった。
「ようやく解放されたんだな、長谷川」
俺は夜空を見上げて呟いた。
そのまま足を一歩踏み出す。下を見なけりゃ怖くない。
俺の身体が十階のビルから真下に落ちていく。ゴウウウと荒々しい音を立てながら風が俺を包み込む。
見てるか長谷川。俺、お前よりも高いところから飛んでるぜ。
最後の最後に憧れの人を追い越せたのが嬉しくて溜まらず、俺は自然と笑顔になりながら真下の地面に直撃した。
9/23/2023, 1:02:57 PM