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平穏な日常



 眩しくて、自然と瞼が開く。
 カーテンの隙間から朝日が漏れ出て、ちょうど私の顔にかかっていた。
 まだ寝ていたかったのに、と、唸りながら羽毛布団を頭に被り、身体を縮こませる。暗闇のなかでしばらく息を潜めていたが、苦しくなって結局、布団から顔を出した。
 起きたくない。眠い。やだ。ぎゅっと目を瞑り、ゆるく呼吸を繰り返す。しかし睡魔は私を見放したのか、いっこうに手を引いてくれる気配は訪れない。

 仕方なしに一息で起き上がる。もうそれだけで疲れた。私はあくびをかみ殺しながら、キッチンへ向かう。

 寝起きで食欲がない。とりあえずマグカップに水を汲み、レンジにかける。でも後々腹が減るだろうことは(数十年来の付き合いである身体のため)分かっているので、割引だった千切りキャベツをボウルにうつし、トースターにパンを放り込んで焼く。

 スマホでsnsを眺めながら、温めた白湯とキャベツを交互に口に入れる。美味しいかどうかなど、どうでもいい。ただ学生の頃よりかは健康に気をつけなきゃいけないという意識があるので、野菜から摂るようにしているだけだ。去年の今頃に受けた会社負担の健康診断ではオールAだったが、今年はどうだろう。

 適当にテレビをつけ、登録しているsnsなんかにざっと目を通していると、推しているバンドのライブが秋に開催される旨の投稿が目に入る。次いで、フォローしているフォトグラファーの夜空を写した美しい写真や、好みの美術家が描き途中の画を載せたものが、スクロールするたび目に入る。
 
 会える日を楽しみにしているとバンドのメンバーが個人のアカウントで投稿していて、そこには私と同じファンが“私たちも楽しみ”というリプライを送っている。美術家には、完成が楽しみだという期待の声が多く寄せられていた。
 とりあえず、ライブのチケット争奪戦は気合を入れなければならない。そのためならうざったい上司や御局の機嫌を取り、有給を抑えられるように尽力し、残業も厭わず金を稼いで、どんなことでも屈せず折れずに成し遂げる気合がある。

 今年の生きがいはこれだな。と思いながらたふたふ指を動かす。ファンの歓喜の声、遠い地に住んでる者の嘆きの声、全国ツアーでないと、イベントごとは賛のみよりもむしろ、常に悲喜交々といった風になる。
 
 私はそれを見るともなしに見ていたが、ふと、言語の異なる投稿が目に入った。
 動画が添付されている。薄青い空に、飛行機雲のような線が斜めに走っていた。

 なんとなくそれを翻訳して、目を通し、そして、あ、と緩んでいた口元が強張った。
 そうして、ため息に似た音のない吐息が、木目調のテーブルの上を滑る。
 
 リアルタイムで、国を超えてあらゆる人と繋がれる――その恩恵を有難いものだと思っていた。
 確かにそうだ。そう思う。情報源が新聞やテレビのみに限られていたひと昔前と比べたら、私たちはメディアに翻弄されることなく、己の意思で全てを取捨選択できる。だとしても当たり前に民意は存在するが、その大波のうねりに飲み込まれるかは、検閲も情報統制もすり抜ける生々しい悲鳴を聞く全ての人々に委ねられる。
 
「――次のニュースです」
 テレビでは、今し方見たような映像が画面に映し出されている。あれだってきっと、ネットのどこかから引っ張ってきたものなんだろう。
 手元で更新される投稿も、アナウンサーの読み上げる原稿も、そう内容は変わらない。戦争、物価高騰、内政事情、諸々。
 私はそれをぼうっと聞いていた。レースカーテンから差し込む陽光がフローリングを白々しく照らすのを「今日は洗濯一気に片付けちゃおうかな」と眺めながら。
 
 チン、とトースターが鳴る。
 こんがりと焼けた5枚切りのパンは、休日用の特別な山型食パンだ。
 私はとっておきのバターをこんがりときつね色に焼けた表面に塗る。席に着くまでに待ちきれず、端に齧り付いた。
 香ばしい小麦の香り。バターの芳醇であまい味わい。
 自然、目尻が緩む。


「おいしい」
 
 
 
 
 
 
 
 
 見返してないので
 →ちょっと読み返しました
 でも全てのアラを許してください

3/11/2026, 3:59:06 PM