133.『旅路の果てに』『ブランコ』『勿忘草(わすれなぐさ)』
「やっと、たどり着いた……」
長い旅路の果てに、勇者である俺は、ついに魔王城へとやってきた。
魔王を討てば世界は真の平和になる。
ついに旅が終わるのだという安堵と、決戦を前に気分が高揚していた。
だが魔王は強い。
勝てたとしても、ただでは済まない可能性だって十分にある。
全てを投げ出して、故郷の村に帰りたい衝動に駆られる。
だがそれは許されない。
自分は人類の希望を背負った勇者なのだ。
頬を叩いて自分に気合を入れる。
人類のため、世界のため、そして故郷の家族のために――
「命に代えても魔王を討つ!」
決意を固め、魔王城に足を踏み入れた。
だが数刻後、俺の決意は跡形もなく霧散することになる。
◇
「よく来たな、勇者よ……」
魔王を前にして、俺は後悔していた。
なぜ自分は怖気づいて逃げなかったのか?
あの時、進むことを選んだ己の愚かさを罵った。
「どうした?
お前たち、人間の宿敵である魔王が目の前にいるのだぞ。
喜ぶといい」
人類の不俱戴天の仇、魔王。
その存在を前にしても、俺は何も出来なかった。
出来るわけがなかった。
「どうした?」
魔王は言う。
「ここまで来たからには、一つや二つ文句もあるだろう……」
さらに言葉を続ける。
「なんでも構わんぞ。
どうせすぐに――」
「どうして」
気がつけば、口が動いていた。
「どうして、お前は……」
俺の言葉は止まらない。
「どうして、そんなに悲しそうにブランコを漕いでいるんだ」
世界に危機をもたらした人類の仇、魔王。
その魔王が今、哀愁を漂わせながらブランコを漕いでいた。
「ふっ、知れたこと」
魔王は力なく笑う。
「妻に逃げられた」
何も言えなかった。
「腹心のウワッキーと、一緒に駆け落ちしたのだ」
絶句する俺を前に、魔王は語り出す。
「妻は儂の全てだった。
不器用なりに愛し、プレゼントも贈り、なんでも願いを叶えた。
世界征服も、妻の願いだ。
……ああ、お前の足元にある花も妻が好きだったものだ。
勿忘草(わすれなぐさ)といったか、その花壇だよ。
花言葉は『真実の愛』、くくく、こんな皮肉あるか」
魔王は虚ろな瞳で俺を見る。
だがその瞳には、俺は映っていなかった。
「くくく、笑えるようなあ。
三年前から愛し合っていたそうだ。
その間、儂は何も知らず世界征服を進めておった。
まるで道化よ。
それがどうだ。
勇者、お前に追い詰められ、世界征服はとん挫した。
妻は無能な夫を見限り、若い男と結ばれた。
これ以上の屈辱はないな」
魔王はひとしきり笑った後、表情を消した。
それを見て、俺は胸に鈍い痛みを覚えた。
その顔は、旅の途中で何度も見た『虚無』の表情。
魔族に追い詰められ、希望どころか、絶望することすらしなくなった人々の表情だ。
その原因である魔王が、同じ表情を浮かべるとは……
とんでもない運命の悪戯だ。
「どうでもよくなった。
だが王としてケジメは付けねばならぬ。
せめて、お前に殺されようと――」
「いい加減にしろよ」
気がつけば叫んでいた。
「簡単に死ぬって言うな!
お前のために死んでいった部下はどうなる!?
『仇を討つ』くらい言えないのかよ!」
「……とんだ屈辱だ。
勇者に励まされるとは」
「屈辱と思うなら、俺と戦え。
だから死ぬなんて言うな!」
「……よかろう」
魔王はブランコから降りて、ゆっくりと立ち上がった。
自然と剣に手が伸びる。
しかし、魔王はそれを手で制した。
「お前とは戦う気はない」
「まだそんなことを!」
「だが死ぬ気も失せた」
その目には、光があった。
「安心しろ、世界征服はやめる。
もともと妻の願いだからな」
「どうするつもりだ?」
「そうだな、せめてもの償いとして、人間どもの復興を手伝うかな。
部下たちの弔いもしたい」
「そうか」
俺は小さく安堵のため息を吐いた。
予想外の展開であったが、世界が救われたのは間違いない。
かなり情けない決着ではあるが、世界に平和が戻ったのだ。
「だがその前に――」
魔王は言った。
「やつらには慰謝料を請求しないとな。
徹底的に裁判で争ってやる!」
どうやら世界は平和になっても、争いが無くなることはないらしい。
2/7/2026, 11:47:39 AM