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何気ないフリをして、うちの兄はいつも色々な物を盗る。
先月はプリン。今月はゲームのカセット。昨日はゲーム機一台ごと自分の部屋に持ち込んでいた。
しかも、どれだけ指摘しても
「ああ、ごめんごめん」
とだけ言って、また何事も無かったかのように物を部屋に持ち込み始めるから、父も呆れて何も言ってくれない。
いつも盗まれないように気をつけてはいるのだが、本当に気づかない隙に取られているから、これが難しい。
幸い、食べ物以外は割と綺麗に扱われていて、部屋にしっかり置いてあるからいいものの、食べ物は半分も残さず食べられてしまうものだから、僕は必ずネームペンでデカデカとした[たべるな]という字を書いておいたりして対策していた。
 そんなこんなで数年間。この食べ物とゲームの取り合いは続いていたのだが、兄が中学に入学し、僕が小学五年生になった頃には、兄は部活で殆どの時間家にいなくなり、そんな戦いも無くなっていた。

「なあなあ、お前ん家ってさ」
学校の帰り道、突然僕は大柄な上級生に絡まれた。
「母ちゃんいないんだろ?」
「は?」
突然だった。見ず知らずの上級生が、どうしてそんなことを知っているのだろうか。
「おいおい!可哀想だろ」
もう1人の上級生も、茶化すようにからかってくる。
「なんで知ってるんだよ」
上級生の集団は、僕が何かいうたびに、笑いを堪えるような真似をして繰り返した。
「なんで知ってるんだよっだってさ!」
「分かってねーのかよ、こいつ!!!」
 怖い。怖かった。
確かに僕の家は片親だし、母親は離婚か何かで僕が幼稚園に入る頃には居なくなっていた。
でも、僕はそれを特に嫌だとも思っていない。
それなのに、こいつらはまるで僕を可哀想な目で見ているのだ。
不気味と、気持ち悪さが混じったような恐怖感が襲う。
 そいつらの怒鳴るような笑い声はみぞおちを刺すような痛みがあって、僕は咄嗟に逃げ出してしまった。

「あ!待てよ!!おい!!!」

僕はそのまま、後ろを振り返らずに家に一直線で走っていった。

「おう、おかえり」
家に帰ると、兄が珍しく先に帰っていた。
野球で怪我でもしたのだろうか、腕に包帯が巻かれている。
「腕どうしたの?」
「あー、これはなあ、まあ肉離れってやつだよ」
兄は、酔い潰れた父のご飯を盛り付けながら、自慢げに部活での活躍を話していた。
「てか、なんでそんな汗かいてるんだよ?」
 一瞬、言おうか迷った。6年のやつにいじめられて、必死で走ったから、だなんて。
「いや〜。さっき鬼ごっこしてたからさ」
言えない。なぜだか分からないけど、言えそうに無かった。部活で頑張ってる兄にこんな話をしたら、馬鹿にされてしまう気がしたのだ。
「懐かしいなあ、鬼ごっことか?小学生までだぞ、楽しいのなんて」
「うるせえなあ。去年まで小学生だったくせに」
普段嫌いな兄だったが、今日はやけに優しく感じた。


「あ!あいつ連斗じゃん!」
「お〜い!!今日は逃げんなよ〜?」
「アハハハハ」
昨日の地獄は続いていた。
朝来て早々、下駄箱の前で僕を待ち伏せていたあいつらに出くわした。
「おい!無視してんじゃねぇよ」
ワントーン低い声で後ろから怒鳴りつけられる。僕は怖くて、見なかったことのようにその場を通り過ぎた。

その次の日も、僕はそいつらに出くわした。
突然声をかけられたと思ったら、教室の箒で思い切り頭を叩かれた。
 僕は何もしていない。こんなことをされるまで、この上級生たちと面識もなかった。

 それから、毎日毎日。絶えず僕は殴られるようになった。くるぶし、二の腕、手の甲と、小さな痣が増えていった。

 もう、学校に行くのが怖くなった。夜、寝付けなくなった。兄は、ずっと部活での活躍を自慢していた。

「おい!」
その日の放課後、僕は近くの公園に呼び出された。
「お前最近つまんねーんだよ」
「…」
「お前の兄ちゃんもお前も、反撃すらできないのか」
「兄ちゃんが…?」
どうして僕がこんな目に遭っているのか、なんとなく分かった気がした。
「お前の兄ちゃん、俺の兄ちゃんが出るはずだった選抜奪いやがって!」
「…は?」
衝撃だった。いつも試合での活躍を自慢していた兄も、いじめられていたのだろうか。
「片親のくせに!」
そう上級生が言ったとき、その後ろで鈍い音がした。
兄が、包帯で包まれた腕で上級生にげんこつをかましていた。
「うわっ!」
反撃に驚いた上級生たちは、ごちゃごちゃになって逃げていった。

「やっぱり…ごめんな」
兄と2人だけになった公園で、兄はぽつりと呟いた。

「本当は何気なくやり過ごそうとしたんだけどさあ」
「お前までいじめられるとは思ってなかったんだよ」

兄は、野球で選抜メンバーに選ばれた。だが、それを妬んだ同級生によって嫌がらせが始まったらしい。そしてその同級生の弟、さっきの上級生達も影響を受けて僕をいじめたのだろう。

兄は、何気ないふりをして、悩み一つ僕に打ち明けなかったのか。プリンのときは憎たらしかったその性格が、なぜかすごく強く思えた。でも、もっと頼ってくれてもよかった。僕も助けになりたかった。

「父ちゃんには俺が伝えとくからさ、明日は休んでいいよ」
「俺も明日休んで、気晴らしに焼肉でも行こうぜ」

兄は、そう言って肩を組んできた。


「ねえ、僕のプリンまた勝手に食べた?」

「え?知らないなあ」

「部屋に置いてあったよ」

「勝手に部屋に入んなよ」

「まあ、あれ【食べていいよ】って書いてたんだけど」

「え?そうなの?」

でも、本当に何気ないんじゃなくて、気付いてないこともあるのかもしれない。




3/30/2024, 1:56:40 PM