傾月

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「日本死神洞窟、水生生物課へようこそ!」
テーマパーク並みの明るい出迎えを受け、思わず苦笑してしまった。「こちらへどうぞ!」と、にこやかに案内され、砂浜の先にあるエレベーターのようなカゴに乗り込む。スルスルと音もなく下へ降りて行く。
この課の死神がつけている面は鬼だ。カゴの中から辺りを見回すと、複数の死神がいて、それぞれが赤鬼、青鬼、緑鬼などの様々な色の鬼の面をしている。
さっきまで居た動物園水族館課では死神が1人だったのに対し、この課には大勢の死神がいることに驚いた。だが、更なる驚きはこの洞窟が途方もない広さであるということだ。端が全く見えない。
動物園水族館課の洞窟は広かったが端は見えた。だがこの課の洞窟は、左右どちらに顔を向けても端が見えない。呆気に取られていると「ああ、ここかなり広いですよね。死神の数も多いですし」と、こちらの様子に気付いた死神が言う。「その名の通り海、川、湖などのありとあらゆる水の生き物の蝋燭がここにあります。なので、規模がかなり大きいんですよ」なるほど、と返事をしながら様々な生き物の形をした蝋燭を、スルスルと下り続けるカゴの中から見送る。
ウミガメ、サメ、マンボウ、クジラ。多種多様な海の生き物の蝋燭が見えた。そうか、ここは海か。川や湖はまた別なのかな?そう独りごちると「そうですね。繋がってはいますが、淡水の生き物はここにはいません」と死神が答えてくれた。
不意にカゴが停まった。「ここは海部、深海エリア。この下もまだまだずっと続いていますが、まだ行かれますか?」どんな生き物がいるのか見てみたい気もしたが、ずっと続く膨大な数の小さいキラキラした物で、目眩がし始めたことを伝えると「ああ、プランクトンの蝋燭ですよ。これで具合が悪くなる人、珍しくないです」と笑いながら言われた。「では上に戻りましょう」
上るカゴの中から、下を覗き込む。深い。蝋燭の光が果てしなく続いているため暗くはないが、とにかく深く、やはり底は見えない。「そちらには "深淵を覗くものは…" なんて言葉があるそうですね」と、背後から死神に言われ、背筋が寒くなるのを覚え覗くのをやめた。振り返ると死神がこちらをじっと見ていた。鬼の面の向こうの表情はどうだったのだろう。
上に戻ると「お疲れ様でした!またのお越しをお待ちしてます!」と、またテーマパークさながらに見送られ、短く礼を言うと砂浜を歩き始めた。
ふと足元をみると、ちいさな貝殻が現れ、またすぐに消えていった。


―――死神洞窟ツアー [水生生物課篇]


               #63【きらめき】【貝殻】

9/6/2023, 10:31:53 AM