お金より大切なもの
「金より大切なものは存在しません」
そう言う彼は、本当にそう思っているようだった。
愛や情なんてものは存在せず、信じられるのは金のみ。
そんな彼が恋愛なんてするはずもなく、ただカジノのオーナーとして働いていた。
彼の見た目に、笑い声。話し方に惹かれた人間は数多く見てきたが、その恋が実った者は存在しなかった。
そして、彼は告白してきた人間、好意を示した人間との関わりを断ち、その者達を絶望させた。
彼の隣でそれを見てきたオレは、そんな愚かなことはしまいと気をつけていた、はずだった。
そう、はずだったのだ。一目見たときから彼に一目惚れをしたけれど、それを彼に悟らすまいと、お得意のポーカーフェイスで乗り切ってきた。
だから、彼の言っていることが理解できなかった。
「貴方、僕のことが好きでしょう」
そうオレに吐き捨てるように言った彼の瞳には、軽蔑の色が酷く滲んでいた。
あぁ、今までの信頼が、関係が、今、崩れたのだ。
「もう二度と、その面を僕に見せないでください」
そう言って去っていこうとする彼の腕を、考えるよりも先に掴んでいた。
彼は驚いたような顔をして、オレを振り払おうとした。
だけど、今離したら、もう二度と話せない。
そんなのは、いやだ。
「チャンスをください!お金よりも大切だと思わせるから!」
彼が、お金より大切なものは存在しないと考えるようになったのは、家庭環境によるものだった。
彼は愛されたことがない。家族からの優しさを享受するためには、お金を稼がなければならなかった。
学校にも通わせてもらえなかったから、友情も知ることがなかった。だから、金が全てだと、信じて疑わなかった。金以外、知らなかった。
「証明してみせるから。だから、一度だけ、チャンスをください」
そんな可哀想な子供を、好きになってしまった。
ならば、オレが教えてあげようでは無いか。
「……わかりました。但し、チャンスは一回きり。
半年以内に思わせてください。それ以上は待ちません」
「ほんとっすか!ありがとうございますっす!絶対思わせるからな!」
そう嬉々として伝えるオレを呆れるように見つめる彼を、思い切り抱きしめた。
3/9/2023, 10:09:25 AM