めい

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この女、どうしてくれようか。

長年の恨みを込めた目で、横たわる女性を睨む。


この女は、僕の母親だ。
といっても、母親らしいことは小さい頃に少ししてもらったぐらいだ。
僕は小学生の時から児童養護施設で過ごした。3つ年の離れた弟も同じ施設だったが、別々の建物で暮らしていた。

父は仕事人間で、ほとんど家にいなかったが、時々遊びに連れていってくれたことはよく覚えている。
鉄道好きの僕と弟、鉄道に詳しい父。
父との思い出は楽しいことばかりで、僕は父のことが大好きで尊敬していた。
母は父がいる時だけは機嫌が良かったので、きっと父のことが好きだったんだろう。

弟に内緒で、僕の好きな新幹線、はやぶさを父と見に行ったことがある。
その話をこっそり母にしたら、次の日、僕にはやぶさのおもちゃを買ってくれた。とても嬉しくて、その日は眠れなかった。
次、父に会ったときに、母に買ってもらったおもちゃを見せよう。布団の中でそう思った。


しかし、その思いは叶わなかった。

母が、父を刺したのだと、警察に聞かされた。
大きくなった今、ようやくまともに理解できたことだが、父には別に妻がいて、母は愛人、僕たち兄弟は婚外子だったようだ。
痴情のもつれ、それで母は父を刺したのだとか。

父は生きていたらしい。
しかし、僕たちは父と関わることはできなかった。父の妻がそれを許さなかったからだ。

母は懲役5年の刑期だった。
釈放されて数年、僕たちを迎えに来ることはなかった。
それが、僕が15歳になる時に突然迎えにきた。「一緒に暮らそう」と。
きっと、僕が働ける年齢になったからだろう。その証拠に、弟も15になったら迎えにいく、と言っていた。
僕は、弟と暮らしたかった。弟と父の話をしたい。弟と、父を訪ねてみたい。3年…きっと我慢してみせる。


そして今年が、弟が15歳になる年。
母に、いつ弟を迎えにいくのか聞いたら、
「このまま、二人で暮らそう。違う土地にでも行こうか」
母は笑顔でそう答えた。


僕の頭の中でプチッと、音がした。


弟を見捨てるつもり?
父と僕を引き離して、たった一人の兄弟とも引き離す?
母が父を刺していなければ、父とも弟とも離れることはなかったのに!


気付くと、母が横たわっていた。

テーブルで頭をぶつけたのだろう。
意識はないようだ。
僕がそうさせたのだろうか。

鼓動が早くなり、手が震えているのがわかった。
そのくせ頭は妙に冷静だった。
ちょうどいいから、このまま復讐をしよう。

家族をバラバラにしたのだ。
この女の手と脚を、バラバラにしてしまおう。

脱力した女をお風呂場に運びこんだあと、僕は四肢を切断できる刃物を探すために出掛けた。

近くのホームセンターに到着する。

青みがかった緑のホームセンターの看板が目に飛び込む。
その色は、僕の好きだったはやぶさを思い出させた。
父との思い出とともに、母におもちゃを買ってもらったこと思い出す。


あぁ、あの頃は幸せだったな…。


母は息をしていなかったから、もうダメかもしれない。

胸がキュッと締め付けられた。
怒り、喜び、幸福感、罪悪感…ぐちゃぐちゃになった感情が入り交じり、溢れ、涙がにじんだ。

看板の緑色が僕の視界いっぱいに広がった。



# はなればなれ

11/16/2023, 3:36:42 PM