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「俺さ、貝殻売って金稼ごうと思う」
「それ金になるん?」
貧乏学生仲間でもある友人の突然の発言に俺は思わずツッコんだ。俺達は海の近くに住んでいるから、貝殻を集めに行くのは難しくないだろうが……本当に商売になると思っているのだろうか?

「なるんじゃね? 貝殻なんてその辺に落ちてるから原価0だし、売れたら丸儲けよ」
「落ちてるもん買う客なんているん?」
あー……と、言いながら何か考え込む。客層とか意識してなかったのか。本当に適当な奴だ。

「あれだ、ひと夏の思い出に……みたいなフレーズで頭軽そうな奴狙えばいけそうじゃね?」
「お、なんかそれっぽい」
「だろ? 物の価値を分かってない奴らに売りつけてやるのさ」
グフフ……とゲスい顔で笑う友人にちょっとだけ引きつつ、俺は次の質問を投げかけた。
「で、どこでやるん?」
「そりゃ海岸沿いよ。熱中症対策にパラソルでも立てて、海の家付近に適当なゴザでも引いてやりゃ良くね?」
「飲み物は?」
「海の家で買えば問題ないべ」
なんか、色々とズレてる気がする。

「そうか……ま、適当に頑張って」
と、俺は適当にあしらった……つもりだった。
「応援してくれるのか? じゃあ早速貝殻拾いに行こうぜ!」
おいおい……なんだか都合のいい方向に捉えられちゃったぞ。まあ、今日は暇だし、いいか。
「仕方ないな。今日だけだぞ?」
「よっしゃ、じゃ早速行こうぜ!」

夏も間近に差し迫った梅雨時にそんなやり取りをしたのだが、その後あいつはどうしているだろうか?
ふと気になった俺は何となく、海水浴場へと歩いてみることにした。

海水浴場は例年通りの賑わいだ。
あいつは確か、海の家近くにゴザ引いて商売する、って言ってたよな。
水着姿のお姉様方で目の保養をしつつ、俺は友人の店を探した。

あった。……けど、なんだか想像以上にみすぼらしいぞ……。俺は一瞬、近付くのを躊躇した。が、
「おー○○! こっちこっち!」
向こうから声をかけられてしまった。

「で、どう? 売り上げは?」
「そこそこ売れてんじゃね? ただ、日々の飲み物代と貝殻集めの時間考えると、割に合ってない気がする」
そりゃ海の家で買ってりゃね……ここに来るまでにそれとなく見てきたけど、コンビニより高かったぞ。あえて言わないけど。

「ってか、客いたんだ」
「おー、いるんだよ。これが不思議と」
「自分で不思議とか言うんじゃないよ」
「いや! マジで不思議なんだって!」
「何が?」
「俺当初さ、頭の軽そうな奴狙う、って言ったじゃん?」
「言ったね」
この場でそれを大声で言うのはどうかと思うけど。
「けどさ、来るの爺さんなんだよ」
「は?」
なるほど……それは確かに不思議かもしれない。
「それも頭軽そうじゃない奴。毎日のように来て、色々見定めたあと、結構な量買ってくんだわ」
「マジか」
一体どんな爺さんなのか……? 俺の貧相な想像力では考えもつかないな。

「そんな訳で、物の価値が分からない爺さんに支えられて当店は無事に存続出来ております。爺さんに感謝!」
ゲスい笑顔であさっての方向に向かって合掌する友人。まっとうにバイトしたほうが儲かりそうなもんだが、本人が満足ならそれでいいか。俺は貝殻を買わされる前に友人の店を後にした。

海水浴場を出て、少し離れたところで俺は和装の老紳士を目にした。場所が場所なのと、友人の話を聞いたのもあって、俺はつい老紳士に視線を向けてしまう。……なにやらスマホで話しているようだ。それとなく近づいて会話を聞けないだろうか? 俺はあたかもそちらに用があるフリをして、老紳士に接近した。

「おお、✕✕さん。先日、購入を検討していると仰っていた細工箱ですがな、少々値下げすることが可能となりましたよ」
なんだ、ただの商売の話か。
「いやあ、螺鈿細工の材料を安価で入手出来る伝手が見つかりましてな。原材料高騰の世の中にありがたい話ですよ」
ん? 螺鈿細工? まさか、な……。
「で、新たな価格ですが……これくらいで如何でしょうか?」
爺老紳士は小声で客に伝えたようで、具体的な値段は聞こえなかった。
「おお、お買上げいただけますか! ありがとうございます! いやはや、物の価値を分かっとらんあの若造には感謝しかありませんな!」
そう言って老紳士はガハハ、と豪快に笑った。

物の価値……か。俺はその言葉の意味と重さを、嫌と言うほど実感させられた気がした。

9/6/2024, 9:55:08 AM